第3回 廣部剛司建築研究所・廣部剛司さん
2011年12月05日

廣部剛司さん
(今回の三冊)
『ゲーテ格言集』 高橋健二編訳 新潮文庫
『サイドウェイ 建築への旅』 廣部剛司著 TOTO出版
『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社
――『ゲーテ格言集』の初版は戦時中とか。廣部さんは、いつごろ、どんなきっかけで手に取られたのですか。

『ゲーテ格言集』 髙橋健二編訳 新潮文庫
この本には「家に女がふたりいたら、きれいに掃除ができないだろう。」などという生活感あることわざも、芸術や文学、学問についての格言も載っていますが、どれも、明快な語調で一刀両断に言い切っているのが特徴です。それが、迷える青少年にとって、暗闇に差し込む一筋の光明のように感じられたのでしょうね。
振り返ってみると、われながら頭でっかちで理屈っぽい学生だったと思います。大学に入る頃までは、言葉というものに絶大な信頼を置いていました。けれども、建築を学ぶようになって、言葉では語り尽くせないところに、何か本質的なものがひそんでいるのではないかと考えるようになりました。ただ、それがどんなことかは、自分の中でも、もやもやとしたままでした。
卒業して、尊敬する建築家・芦原義信先生の下で実際に建築の仕事に携わるようになってからも、もやもやは続きました。そこで、あるとき、もうこの本を読むのはやめよう、と思ったんです。それは、言葉への依存から抜け出す決意でもありました。
建築家として、自分は何をつくるべきか。言葉ではないよりどころを探すために、芦原事務所を辞めて旅に出ようと決心しました。世界中の名建築を巡り、自らの五感で体験するための旅です。
――その旅の記録が、ご著書『サイドウェイ 建築への旅』ですね。

『サイドウェイ 建築への旅』 廣部剛司著 TOTO出版
けれども、素の状態で建築と向き合い、心が動くか動かないかというだけの基準で判断するうちに、開かれていくものがありました。かつてはひたすらまぶしく、素晴らしく思えた名作も、自分が目指すものとは違うとわかった。旅を続けるうちに、本当に大事なものだけがいくつか手の中に残りました。建築と地球にいかに向き合うかべきかがはっきりしたのです。
帰国後7年ほど経ち、わずかながら自分の建築もつくったあとに、改めて旅を振り返ってまとめたのがこの本です。8ヶ月に及ぶ旅で訪ねた建築を厳選し、当時のスケッチと写真をふんだんに盛り込みました。本の体裁は、私自身のスケッチ帳を模しています。表紙のタイトルはもちろん、本文のノンブル(ページ番号)も手描きです。映画や音楽のエピソードを織り込みながら、予備知識がない人にも楽しく読んでもらえるように書いたつもりです。
旅の終盤近く、アリゾナの砂漠を車でひたすら走り続けたことがありました。どこまでも続く地平線に沈む夕陽の、たとえようのない美しさ、せつなさ。そのときの寄る辺なさもあいまって、自分は大自然に生かされているのだということが、実感として胸にせまりました。
たぶん、そのとき感じたことをメールで書き送ったのでしょう。返信で、建築の大先輩が教えてくれた本が、『センス・オブ・ワンダー』でした。
――『センス・オブ・ワンダー』は、1960年代に環境汚染問題を提起した『沈黙の春』で知られる海洋生物学者、レイチェル・カーソンの遺作ですね。

『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン著 上遠恵子訳 新潮社
自分が自然の一部であることを感じ取り、癒される。そのことを、私は建築を通じて伝えたいと思います。たとえ都心の密集地でも、季節や時間によって移ろう光や風が感じられる建築。この地球のこの場所に、あなたは安心して居ていいんですよ、と、そっと肩をたたいてくれる空間。現代の技術を駆使しつつ、原初から人間が持つ「センス・オブ・ワンダー(=神秘さや不思議さに目を見はる感性)」を目覚めさせるような建築をつくりたいと願っています。
(構成/萩原詩子)
建築家プロフィール
廣部剛司(ひろべ たけし) 1968年 神奈川県生まれ。日本大学理工学部海洋建築工学科卒業後、芦原建築設計研究所に勤務。1999年廣部剛司建築設計室設立、2009年に株式会社廣部剛司建築研究所に改組。日本大学理工学部海洋建築工学科非常勤講師、明治大学 理工学部建築学科兼任講師。 | |




