〈建設ディレクター
  現場を支える新しい働き方〉

2024/04/01

現場をバックオフィスで支える“救世主”
~第一回 建設ディレクター協会

新井恭子理事長

罰則付き時間外労働の上限規制の適用が、建設業にも開始されました。まだ長時間労働の削減に取り組めずにいるのであれば、一刻も早い対応が求められます。近年、長時間労働の打開策として注目を集めているのが、新しい職域「建設ディレクター」です。見積りづくり、工程管理表への記入、写真整理などの事務作業に追われる現場技術者に代わり、ITとコミュニケーションスキルを活用し、バックオフィスから現場を支援します。コンコムでは、地域建設会社で導入が進む「建設ディレクター」について、導入効果を隔月で紹介する新規コンテンツを開始します。ぜひ参考にしてください。
初回は、建設ディレクターという職域を世に送り出し、その育成を手掛けている一般社団法人建設ディレクター協会の新井恭子理事長に、具体的な仕事内容や導入のメリット、今後の可能性についてお聞きしました。

まずは「建設ディレクター」という新たな職域を立ち上げた経緯を教えてください。

原価管理や電子納品などのシステム販売、サポートというIT支援を行っているなかで夕方にようやく現場から事務所に戻り、そこからオフィスでパソコンに向かって書類を作り、ときには徹夜や休日出勤で対応する技術者の姿を目の当たりにしていました。安全・品質管理やコスト管理はもちろんのこと、ICTなどの新しい技術の習得や研さん、人材育成などの将来を見据えた業務もしっかり行うことが、本来の技術者の役割であるはず。「煩雑な書類業務から、彼らを解放できないか。働き方を含めた仕事のやり方を変えることができれば。」
そう考えて技術者の業務内容を調べたところ、書類作業が全体業務量の約6割を占めることが分かり、その負担を解消するべく、2017年「建設ディレクター」という新しい職域の構想を発表し、資格団体を創設。協会を立ち上げて本格的に育成事業をスタートしました。

「建設ディレクター」は、どのような業務に従事するのですか。

書類データ作成・ICT分野・遠隔支援

技術者の書類データ作成業務を補助、残業時間を軽減

建設ディレクターの業務は、現場監督や工事にかかわる様々な人と情報を共有しながら、積算から工事、竣工まで、必要な書類データを作成します。具体的には、施工体制台帳や安全書類、写真整理、マニフェスト(産業廃棄物管理票)、などの作成の一部を引き受けます。技術者は、建設ディレクターが業務を担うことにより創出された時間を使い、より専門性の高い業務に取り組むことができます。結果として、技術者の生産性向上につながります。導入企業の中には、建設ディレクターを3名(専任)採用したところ、わずか数年で現場代理人の書類業務の6割移管(写真管理、図面修正、施工体制台帳、出来形展開図作成、安全管理資料、電子納品)を達成し、技術者の残業時間が月に35時間削減することができた事例もあります。「書類をチェックしてくれる人がほかにいることで、心理的な負担が軽減された」との声もあり、技術者の精神的なゆとりにもつながっています。
さらに、ICTを活用すれば、これまで建設業務に関わることがなかった人でも活躍できる可能性が拡がります。デジタル技術などICTに関する一定のスキルのある人であれば、ドローンで写真測量したものをデータ処理し、3Dデータを作成するなど先端技術を駆使した遠隔の施工管理支援を行い、現場業務に幅広く携わることができます。

残業時間減35h/月

技術者の残業削減にとどまらず、慢性的な担い手不足に悩む建設業界において、建設ディレクターはどのように貢献していますか

全国47都道府県1640人活躍中!

若手、女性活躍の場に

これまでに全国で1640人(2024年3月末時点)が資格認定を受けており、このうち約80%は女性が受講しています。リモートワークができることから、育児や介護との両立が可能になり、夫の転勤に帯同してもフルリモートで継続して働き続けている方もいます。依然として女性が少ない建設業において、ライフイベントの変化にとらわれない働き方のできる建設ディレクターは、フルタイムでの出勤が難しい人の雇用の受け皿にもなっています。
年齢比率をみると10-30代が65%を占め、ITスキルをもった若い世代が活躍していることも、特徴の一つです。最近では工業高校の建築科や土木科を卒業しても、建設会社に就職しない生徒が増えていると聞きます。建設ディレクターという職種を多くの学生に知ってもらい、キャリアの選択肢を広げてもらえればと、令和5年には工業高校に出向き「ジュニア建設ディレクター」資格講座を開催しました。参加した学生からは「ITスキルを生かして建設ディレクターになりたい」という声が多数あがりました。一方、60代の方も活躍しています。体力的に現場での活躍が難しくなった場合でもバックオフィスから経験値の高い建設ディレクターとして長期的に働くことができるのです。

76%が業界に関わりなかった“潜在的人材”

76%が業界に関わりなかった“潜在的人材”!

建設ディレクターとして活躍されている方々に以前の経歴について調査した結果、76%の方が、建設業界と関わりがありませんでした。新卒者は普通科出身の方が多く、中途採用者の前職は医療事務、通訳、小売業の販売までと多岐にわたります。こうした“潜在的人材”を掘り起こすことで、土木の専門知識がなくとも建設業界で活躍できる大きな可能性があると感じています。また現場に携わっていた方が体調不良を克服し、病気と付き合いながら無理なくセカンドキャリアとして活躍している例や、建設会社で総務を担当していた方を建設ディレクターに配置転換するという活用事例もあります。技術者と対話しながら仕事を進めるため、情報共有やコミュニケーションスキルは欠かせない部分ですが、業界経験の有無や性別、年齢にかかわらず、すべての人がチャレンジできる建設ディレクターは、多様な働き方を実現しています。

導入後に現場との連携方法に悩んでいる企業も。建設ディレクターの働き方を定着させるには?

建設ディレクターとして活躍している方の勤務先の業種をみると、土木が6割を占めています。これは、土木工事の割合が多い公共工事の方が書類の標準化が進んでいて、書類支援の効果を発揮しやすいためです。大手企業よりも中小企業の方が技術者個人の担当範囲が広く、負担が大きくなりやすい傾向があります。建設ディレクターという職種をさらに広めていく中で、中小企業の建設会社の新たな働き方のロールモデルを示していく必要があります。

建設ディレクターが現場つなぐ〝ハブ〟に

これまでの現場マネジメントでは、技術者が本社オフィスの支援を受けたくても、現場ごとに条件が異なり、業務を標準化しにくく、専門スキルを要するため難しいという課題がありました。現場とオフィスのコミュニケーションも不足し、技術者の責任感に頼って現場が回っている面がありましたが、技術者に時間の余裕がなければ若手の育成やICT活用、技術力の研鑽は進みません。時間外労働の上限規制の適用もあり、技術者がさらに時間に追われることになれば、企業の競争力は損なわれていくでしょう。だからこそ、技術者個人ではなく、建設ディレクターを交えたチームで現場を管理する体制が必要です。ノウハウを技術者個人に属人化せず、組織の知財として、社内で共有、管理できるようにする。現場ごとに分断されていた情報を、建設ディレクターが〝ハブ〟のような存在となって社内を横連携する。そんな組織、業界を思い描いています。

現場と社内が協力してチーム連携

技術者が業務を「手放す」意識改革を

その鍵を握るのが、技術者の「意識改革」。経験豊富な技術者の中には「今まで一人でやっていたものだから」「自分でやった方が早い」という強いこだわりをもった方もいます。令和5年に立ち上げた技術者との業務連携を支援するプログラム「TEAM SWITCH」では、技術者の意識改革を念頭に、どの業務を建設ディレクターに移管するか、その項目を再設定し、移管業務とスケジュールを決定するという、建設ディレクターとの分業体制を実現する仕組みづくりを提供しています。業務を整理することは、大きな意識改革につながります。日々の業務を振り返る時間もない技術者が「こんなに多くの仕事をしていたのか」と再認識するきっかけとなり、技術者の負担を皆で共有できた結果、「非常に会社の雰囲気がよくなった」というのが、実は最も多い経営者の声です。残業が何時間減ったという定量的な効果も大切ですが、結果として「会社が明るくなり、人材が定着した」という声を聞く度に、まさに我々が目指す、建設ディレクターを通じた雇用の定着と創出という目標に一歩近づいたのだと実感します。
ただ、意識の変革が起こり、どの業務を引き渡すかが分かったとしても、それをつなぐための仕組みが非常に重要。やはりそこはデジタルです。IT支援業務に携わってきた強みを生かし、社内のデジタル環境をヒアリングし、どのようにデータを引き渡すと円滑になるか、システムやデータ整備内容についても「TEAM SWITCH」においてアドバイス、サポートしていきます。

今後、建設ディレクターの職域はどう広がるか

建設DXの担い手、「第3の目」に

過渡期を迎えている建設現場のDXへの支援も重要です。リモートワークの建設現場版ともいえる「遠隔臨場」が拡大していますが、技術者に代わる「第3の目」として、土木の専門知識がなくともバックオフィスから現場をサポートできるような手法を開発していきたいと考えています。
具体的には、遠隔臨場や遠隔安全管理のためのカメラやスマートグラスなどの映像を、現場とバックオフィスでリアルタイムで共有します。バックオフィスでは、3次元データによる現場状況の可視化をリアルタイムで行うことにより、遠隔での材料確認、段階確認、立ち合いなどの技術者の業務をフォローします。

育成講座について教えてください

48時間の集中講座

協会が主催している9講座の育成講座をおよそ2か月にわたり受講していただきます。建設会社に勤務する方を対象に、実務経験のない内勤の方、新入社員の方の受講されています。
講座は、書類作成業務に必要な基礎知識にとどまらず、技術者と円滑にコミュニケーションをとり、スムーズに業務を進める下地をつくることを目標に、オンデマンド形式(配信期間は約1週間、期間内繰り返し視聴可)で学びます。講座ごとに、実務経験を有する講師が、自らの経験を踏まえて基礎知識を伝えます。
建設業界に馴染みのない方でも理解しやすいように、建設業の社会的役割といった基礎的な内容から、現場技術者の業務内容、施工管理の考え方、設計図書の見方や積算の構成、工事書類を作成するポイント、デジタル技術を活用した書類をつくるために必要な知識、ドローンの活用技術やICTの活用に至るまで、幅広く網羅しています。週末には、理論で学んだ内容を、Zoomを活用した集合形式の実践の場(ライブ講座)を通じて、理解を深めます。オンデマンド配信講座の前には課題を提出、ライブ講座でも毎回テストを受けていただいた上で、最終講座後の資格認定試験で合格点に達すれば建設ディレクターとして認定されます。働き方改革への需要もあり建設ディレクターの受講は年々増加傾向にあります。

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