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建設つれづれ窓 シビルエンジニアとして活躍する渡辺泰充氏による建設現場でのつれづれエッセイ

第4回 人を育てるということ

2016/07/28

その昔、松下幸之助は社員たちにこう言ったそうだ。「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。併せて電気器具もつくっております。こうお答えしなさい」・・・偉人の向こうを張った訳ではないが、私も技術雑誌にこんな寄稿をしたことがある。「建設産業は、いうまでもなく人材産業である。企業の興廃はひとえに人材にかかっている。人が育たない企業は早晩滅びる」。(『OJTの光と影』橋梁と基礎2004.8)。

最後の一文については、今、自身の不明を恥じるばかりである。人を育てなくても、したたかに生きている会社はある。20年間新入社員を採用しないで「業績好調」の会社は、身近に存在していた。人を育てなくても、必要なときに必要な人材を雇えばいいという経営方針である。部外者がとやかく言う筋合いではないが、私とは相容れない。

OJT風景

OJT風景

Off-JTの例『日越合同セミナー2014.3.3』

Off-JTの例『日越合同セミナー2014.3.3』

わが国の企業内教育は、OJT (On-the-Job Training、業務を通じての教育)、集合教育(Off-JT)、配置転換、資格取得等の自己啓発、さらには大部屋での雑談に支えられているように思う。その中心はOJTだ。しかし、On-the-Jobとはいえ仕事を与えておけばいいというものではない。指示し、教え、学ばせ、経験させ、しかる後に責任と権限を与える必要がある。

一流のエンジニアには、隠れている問題を発見し、解決策を示す力が求められる。そういった能力は、教えられて身につくものではない。責任と権限を与えて自ら考えさせる以外にない。さらに、その経験が成功体験となるよう、上司(trainer)たる者が後ろから見守ってやればいうことはない。なに、失敗したとしても、上司が責任を取ればいい。

私の育成目標は、業務処理能力に優れ、自分の役割を自分で開発し、マニュアルを超えることのできる人間である。ここでいう「処理能力」とは、単に与えられた仕事をこなすのみならず、人と人の関わり合いの中でうまくやってゆく能力を含む。昨今、後者だけで世の中を渡っている人もいるが、ベースに技術がないと世界では通じない。

「技術の伝承」、「技術の空洞化」という言葉を聞かなくなって久しい。団塊の世代の多くが定年になる、これによって技術が空洞化するといってマスコミが騒いだ「2007年問題」は、結局何ごともなく終わった。定年延長・再雇用で、問題を先送りしただけという声もある。マスコミが言わなくなれば人々の危機感も薄れるが、問題の本質は何も解決していない。

この問題に関しては、私の答えはハナから違う。――技術というのは伝承するものではない。「技能」は伝承しなければならないけれど、先達の「技術」はこれを超えるべきものである。では、先達の技術を超えるために伝承すべきものは何か。それは、「いいものを世に遺そう」という強い意志である。これさえ伝わっていれば、エンジニアは放っておいても勉強するだろうし、先輩の経験話にも耳を傾けるだろう。

OJTのtrainerたる人たちには、この「いいものを遺す」という意思が伝承されているかを自問してほしいものである。そのためには、自らが勉強を怠ってはならない。設計基準の最新改定内容を知っているか、構造力学や土質力学の基礎に落ちはないか、自分の技術分野の専門誌を隅まで読んでいるか。第一線技術者は、自分の技術をどうやって伝承しようなんて考えなくていいから、とにかく自分の技術力を向上させることに傾注してほしい。

林竹二(1906-1985 元宮城教育大学学長)の言葉に、「教師の第一の任務は教えることではなく、学び続けることである」というのがある(『教えることと学ぶこと』倫書房)。氏は哲学者である。が、日本の教育に大きな危機感を抱き、70歳を過ぎてなお全国の小中高で精力的に出張授業を続けられた。エンジニアは教師ではないけれど、trainerたるものこのくらいの気概はほしい。技術の空洞は、技術が伝承されないからではなく、自らのサボリ心から始まる。

私自身いい上司であったかどうか定かではないが、会社員であった頃はもちろん、一契約社員であったベトナムでもtrainerの心をなくしたことはない。ベトナムでの教え子(部下や施工者のエンジニア)達は、今でもメールで技術的な質問をしてくる。「そんなことは今の上司に聞け」と冷たくしてはみても、彼らに学ぶ心が残っていることを知るのは嬉しい。

今、日本のODAプロジェクトに「現地エンジニアの教育」という支払い項目はない。20年前、私が関わったマレーシアのBOTプロジェクトでは、契約にはっきりと自国のエンジニアの教育が謳われていた。民間の発注者においておや、である。わが国ODAが真にその国の発展を考えているのなら、今からでも遅くない。すべてのインフラ整備プロジェクトに、「エンジニア教育」の一項目を入れるべきだと、切に思う。

文章の最後に古典や名文句を引用するのは、「昭和」流らしい(『昭和のことば』文芸春秋2016年7月号)。バリバリの昭和人としては、本稿を「世界一貧乏な大統領」ムヒカ前ウルグアイ大統領の言葉で締めくくりたい―――「本当のリーダーとは、多くのことを成し遂げる人ではなく、自分をはるかに超えるような人を遺す人である」 (2015年10月 フジテレビのインタビューより)

著者プロフィール
渡辺泰充さん

渡辺泰充:1948年生まれ。1971年清水建設(株)入社。2000年土木技術本部長。2010年同社退職。ベトナム・南北高速道路ホーチミン-ゾウザイ間レジデントエンジニア、2014年東京大学大学院社会基盤学専攻特別顧問、2015年ベトナム・ベンルック-ロンタイン高速道路JICA区間プロジェクトマネージャー。同年末退職。

おもな著作:「疑問に答えるコンクリート工事のノウハウ」(共著、近代図書)、「つれづれ窓」(東京図書出版会)、「サイゴンつれづれ窓」(「橋梁と基礎」連載)、「土木工学実践講座」(非売品、東京大学コンクリート研究室)

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