「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
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2021/02/26
近年、都市部では既存の建物を解体・撤去して再開発を行うといった事例が増えています。その場合、地上の建物だけではなく「既存の地下構造物」(地下躯体、山留め壁、基礎杭等)も解体して撤去する必要が出てきます。しかし、一般に地下構造物の解体・撤去は、かなり大変な工事になることが容易に想像できます。では、既存の地下構造物は全て撤去しないといけないのでしょうか?
まずは用語の問題として、たとえば「地下構造物の撤去が難しいので残置します。」等の表現は不適切です。「残置」とは「不要物を埋め殺す」という意図があるという解釈につながり、廃棄物処理法に従って処理することが義務付けられている「建築工事に伴い発生した廃棄物」であるとみなされかねません。また、土地の売買契約を締結した後に、地中に各種の基礎や杭等(地下埋設物)が存在することが判明した場合には、買主から多額の損害賠償を請求される可能性もあります。
一方、「撤去することによる周辺環境等への悪影響が避けられないために、地下構造物を存置します。」といったケースでは認められる可能が高くなります。聞きなれない方も多いかもしれませんが、「存置」とは(現存の機関・施設・制度等を)「そのまま残しておく」という意味です。
既存の地下構造物を存置するには以下の条件に合致する必要がある1)とされており、いずれにも該当しなければ不要物とみなされて撤去せざるを得なくなります。
① 既存の地下構造物の本設利用
② 既存の地下構造物の仮設利用
③ 存置による地盤の健全性・安定性の維持
④ 撤去に伴う周辺環境への影響抑制
⑤ 既存の地下構造物の撤去が技術的に困難な場合
①、②については、既存地下構造物の有効利用ということであり、廃棄物の発生抑制やCO2 の排出量削減といった観点からも活用が望まれます。ただし②については、仮設利用を終えた段階で改めて存置可能であるかどうかを判断しなければなりません。
③、④については、周辺環境に与える悪影響(地盤の変状等)の抑制等のために、既存地下構造物を存置した方が好ましい場合です。なお、存置の対象となるのは有害物を含まない安定した性状のもので、具体的にはコンクリート構造物等に限られます。
いずれにしても、地中に残す構造物が廃棄物に該当するかどうかは、事実上、自治体の環境部局の判断に委ねられているので事前に相談するのが賢明です。特に⑤の撤去が技術的に困難な場合については、その理由等を明示できる資料も準備したうえで相談すべきです。もしも存置した構造物が原因で生活環境に悪影響が出るような事態が発生すれば、行政から改めて撤去命令が出される可能性もあり判断は慎重に行う必要があります。
なお、土地の売買時には、存置物の情報を開示してから売却先に引き渡す必要があり、存置物の図面やデータだけでなく、存置に至った経緯等(存置の理由書、関係者との協議の記録、存置の計画書等)も残しておくとトラブル防止に役立つでしょう。
では、上記の既存地下構造物を存置する条件について、事例を使ってもう少し詳しく解説してみたいと思います。
たとえば、図1は既存の地下躯体を利用する場合のイメージ図ですが、増打ち補強を行うことで新築建物の地下躯体として利用しようというものです。増打ち補強をせずに直接利用できるケースも、まれにはあるかもしれません。ただし、本設の構造部材として利用するには、既存の地下構造物の強度や健全性、耐久性等を適切に評価しなければなりません。
図2は、新設の地下躯体に加わる地震力の一部を、存置した既存の山留め壁に負担させようとするものです。巨大地震への備えとしても有効だと思われますが、やはり既存の構造物の性能を構造設計にも反映したうえで構造図に記載する必要があります。
図3は、既存の基礎杭(既存杭)を再利用する場合のイメージ図です。この場合には、解体後の既存杭の支持力や健全性等を適切に評価することが不可欠となります。また、一般に新築建物の規模や柱配置は旧建物と異なるため、既存杭と新設の基礎杭を適切に組み合わせて配置する必要も出てきますので、適用事例が少ないのが現状だと思われます
たとえば、既存の地下躯体を新設工事の山留め壁の一部として利用する場合等が、仮設利用による存置に相当します。ただし、古い地下構造物は性能のばらつきが大きいこともあるので、山留め壁の変形予測や施工中の動態観測等を適切に行い、トラブルが生じないようにすることが重要です。そして、その仮設利用が終わった時点での存置の可否についても検討を行っておく必要があります。
図4 は既存の地下躯体の一部を、新築建物の基礎のラップルコンクリートの一部として利用する例です。その他にも、均しコンクリートや地盤改良等の代用とする場合も考えられます。これらは構造部材としての利用ではありませんが、その強度や安定性がラップルコンクリートとして有効であることを示す必要があります。
たとえば、既存の地下構造物を存置することで、地盤の健全性・安定性の維持が期待できる場合があります。既存の地下躯体等のコンクリート構造物は、地盤に比べて高い剛性を有していますが、その撤去に際しては周辺地盤にゆるみが生じて地盤の剛性が低下することも考えられます。また、既存杭を引抜く場合も同様で、存置した方が地盤の剛性低下が抑制され、場合によっては耐震性の向上等も期待できるかもしれません。いずれにしても、地盤の健全性・安定性を維持することを目的として存置するには、その根拠を明示する必要があります。
既存の地下構造物の撤去に際しては、騒音や振動の問題や地下水への影響等の他に、周辺地盤の変状にも細心の注意を払わなければなりません。たとえば、既存の地下躯体の撤去では、山留め壁を設置したとしても、その背面の地盤変位をゼロにすることは困難です。また、図5、図6のように、既存の鋼矢板や基礎杭を撤去する場合には、周辺地盤の変状によって隣接建物等に悪影響が出る懸念もあります。このようなケースでも、個々の条件にあった詳細検討を行って、撤去に伴う影響範囲及び変位の予測等を定量的に示すことが望まれます。
たとえば、狭隘な土地で重機の設置が不可能であること等が考えられます。搬入経路、周辺地盤との高低差、敷地境界や隣接建物との離隔、高架線等の空頭制限といった制約から、撤去作業が困難なことを図面で示す必要もあるでしょう。また、大口径で長尺な既存杭を多数撤去するような場合には、前述した地盤のゆるみに加えて、多大な時間と費用を要することになるため現実的には撤去困難であると考えられます。
以上のような地下構造物を適切に存置するときの具体的な手順等については、日建連がガイドライン1)を発行しHPでも公開しています。そして、「撤去後に埋め戻したとしても原地盤には戻らないという実情と、地盤の健全性・安定性を維持するためには存置が有効であることについて、共通認識を持つことが重要である。」ということを強調しています。
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