「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。
2021/04/26
現在の東京電力リニューアブルパワー株式会社高瀬川事業所に、写真-1に示すような「木レンガ水路トンネル」の復刻版が展示されています。トンネル覆工のアーチ部の表層に木レンガを埋め込んであるものです。大正14年に運転が開始された高瀬川第五発電所の水路トンネル(延長5,863m)の一部を平成7年に復元したもので、木レンガはコンクリートの劣化を防止するために埋め込まれたものです。
トンネルは、低強度地山の箇所には覆工コンクリート(支保工および巻き立てコンクリート)があり、地山強度が大きい箇所のアーチ部は素掘りとなっている。覆工コンクリートの標準的な形状・寸法は図-1に示すとおりであり、アーチ部分に厚さ120mmの木レンガが埋め込まれている。覆工背面の空洞によりトンネルが崩壊するおそれがあったため、平成4年に改修工事を行った。その時に撤去した木レンガを使用して、水路トンネルを復元したものである。
長野県の高瀬川水系発電所の建設は、大正10年(1921年)から東信電気(東京電力の前身)によって本格的に行われました。発電所の配置は図-2に示すとおりであり、工事用電力を確保するための第一発電所が初めに建設されました。そして、大正11年6月より大正14年1月までに第二~第五発電所を建設し、1日に5,000人ほどの人々が作業に従事しました。当時は、作業用のヘルメットや安全靴などはなく、地下足袋、ゲートル、股引き、前垂れ、法被などを着用して、氷点下10℃を下回る厳冬期にも作業が行われました。
特に第三発電所は、水路トンネル長約10km、落差300mを超え、花崗岩が風化したマサという脆い地質であったため、掘削には困難を極めたようです。また、大正12年9月1日に発生した関東大震災の復興工事のため、工事用機械、資材および労務者などが不足したことも工事の進捗に大きな影響を及ぼしました。このような過酷な条件の中で、四つの発電所をわずか2か月半の遅れで、2年半の短い期間で完成させたことは大変驚くべきことです。元々の想定されていた工期を1年繰り上げた契約となっており、その工期を守った場合には報奨金100万円(工事請負金額の約35%)を出す契約だったそうです。工期が2か月半遅れてしまったが、東信電気は、元請会社に報奨金75万円を支払いました。
高瀬川第二、第三、第四発電所は既に廃止となっていますが、第一発電所は改修され、第五発電所は高瀬ダムの湛水によって水没するため、約23mかさ上げ移設され、現在でも稼働しています。
高瀬川第五発電所は、北アルプス槍ヶ岳を源流とする水俣川と、硫黄岳を源流とする湯俣川から取水して発電するものです。ところが、その河川水は硫化水素を多量に含んでいたため、水路トンネルの覆工コンクリートの劣化が短期間に進行して、崩壊するおそれがあったので改修に至ったとのことです。おそらく、酸性水による直接の劣化と気中に拡散した硫化水素がコンクリート壁面に結露した水に再溶解・濃縮し、硫黄酸化細菌により酸化されることによって生成した硫酸によりコンクリートが劣化したものと考えられます。
そこで、水路トンネルの改修工事を、竣工後約7年経過した昭和8年3月から7月にかけて実施しました。改修個所やその延長等は不明ですが、改修工事は下記のように行いました。
①コンクリートの劣化をどのような方法で防止するかについて検討した結果、アーチ部のコンクリート露出を避けて木レンガを使用した。
②木レンガの材料には、カラマツ(唐松)またはエゾマツ(蝦夷松)を選び、冬期を利用して伐採、集積したものを雪解けと同時に製材、製作した。
③製材にあたっては、アーチ部の形状に合わせて扇形に仕上げる加工に苦心した。
木レンガを覆工コンクリートに使用するのは初めての試みであり、結果は良好で、発注者も満足の意を表した。改修工事から60年を経過した時点で点検を行ったが、損傷・劣化は全く認められなかったとのことです。一般的に、木材は酸やアルカリ性に強く、温泉水に含まれている通常程度の酸には十分耐えられるようです。
コンクリートの化学的侵食としては、写真-2のような下水処理施設での劣化事例が多くみられます。劣化機構を図-3に示します。下水汚泥中の硫酸塩は、硫酸塩還元細菌によって硫化水素に還元されます。次に、発生した硫化水素は気中に拡散し、下水管の壁などに存在する微生物(硫黄酸化細菌)の作用で酸化されて硫酸になります。このようにして発生した硫酸によって、セメント水和物が可溶性物質に変化することで組織が多孔質化して劣化が進みます。
コンクリートは硫酸に対する抵抗性が弱いということは昔から知られていました。そのため、下水処理施設では、一般の構造物より水セメント比を小さくしたり、かぶりを大きくしたり、あるいはゴムアスファルト系塗膜材などで被覆するといった対応がとられていました。しかし、コンクリートの耐酸性の限度はpH4~5程度であり、硫酸等の強酸に対して完全な抵抗性を有していないことや、十分な抵抗性を有している被覆材がなかったため、写真-2のような劣化が顕在化しました。
下水処理施設の劣化対策としての本格的な取り組みは、日本下水道事業団が制定した、「コンクリート防食塗装指針(案)」(1987年)、「コンクリート防食指針」(1991年)で示されています。現在、コンクリート構造物の防食対策として広く採用されているのは、コンクリートの表面を耐食性の合成樹脂系塗料やシートライニングなどで被覆する方法です。
高瀬川第二~第五発電所建設の驚異的に短い工期もさることながら、昭和初期にコンクリートの耐硫酸性向上対策として、木レンガをコンクリート表層に埋め込んだ工法を採用したことに対して、当時の技術陣の大変な苦労と創意工夫が忍ばれます。また、コンクリートの劣化対策および補修技術の先駆的な事例として非常に高度であり、歴史的にも大変貴重であると感じました。この技術や考え方を伝承して、劣化対策の研究開発等を継続していれば、写真-2に示すような下水処理施設の劣化は未然に防げたかもしれないと残念に思います。昭和初期に、土木技術の最新情報や課題について広く議論・共有するような仕組みが十分になかったのが悔やまれます。
当時の技術者に敬意を表するとともに、技術の伝承と歴史に学ぶことの重要性を痛感する事例でした。
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