コラム:編集委員の独り言…

「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。

2021/10/28

海水で練り混ぜたコンクリートって
使えますか!?

「海水でコンクリートを練り混ぜる。」と聞いただけで、建設に関わる技術者であれば「それはやってはいけないこと」と考える方も多いでしょう。その通りです。現状では、海水の鉄筋コンクリートへの使用は認められていません。では、今後も永遠にそうあるべきでしょうか?コンクリートに海水が使えたらいいのに、と思う場面があるかも知れません。少し考えてみましょう。

■世界の水需要とコンクリートに使用される水

“SDGs”とは、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)のことですが、2030年を達成年限とし、17の目標と169のターゲットが設定されています。目標6(水・衛生)は、「すべての人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する」とされています。しかし、開発途上国などでは、現在でも安全な水が簡単に手に入らない、利用できないという人が多くいます。
また、経済協力開発機構(OECD)によると、全世界の水需要は、主に製造業の工業用水、発電、生活用水の需要が増えることで、2000年から2050年までに55%の増加が見込まれています。その結果、2050年には深刻な水不足に見舞われる人口は39億人(世界人口の40%以上)に達する可能性があると指摘されています1)
一方、コンクリートを製造・施工するために、全世界では年間数十億トンもの淡水が、練混ぜ水、養生水、プラント設備等の清掃水などとして消費されています2)。コンクリートの製造・施工に用いられている淡水の一部でも海水に置き換えることができれば、安全な水の確保や水不足の回避に貢献できるかも知れません。

■海水でコンクリートを練り混ぜるのは非常識?

過去の海砂問題(除塩しない海砂を骨材として使用した多くのコンクリート構造物に塩害劣化が生じた)を振り返っても分かるように、海水で練り混ぜたコンクリート(以下、海水練りコンクリート)を鉄筋コンクリート構造物に使用すると、鉄筋が錆びることが懸念されます。これにより、JIS A 5308でも練混ぜ水の塩化物イオン量は200mg/L以下、コンクリートの塩化物含有量は塩化物イオン量として0.30kg/m3以下と規定されています。海水を使うと、これらの値を大きく上回ることになります。
一方、過去には海水練りコンクリートが使用された例は多くあります2)。主として地理的な制約で淡水の入手が困難な地域において海水を利用して建設された構造物で、たとえば離島に建設された宇久長崎鼻灯台や、沖ノ鳥島の露岩根固め用の水中コンクリート、港湾施設のプレパックドコンクリートなどがあり、現在も供用されています。
宇久長崎鼻灯台(図-1、写真-1)は、鉄筋コンクリート構造物に海水が使用されていますが、セメントには高炉セメントB種が用いられており、施工から60年以上が経過した現在でも健全な状態を保っています2)。また、近年、世界文化遺産に登録された長崎県の端島(軍艦島)では、1933年のJASS 5の塩分規制(海水使用の禁止)より前に建設された建築物において、海水が使用されたと思われる程度の内在塩分の量が確認されていますが、場所によっては腐食がほとんど進行していない鉄筋もあると報告されています2)。これらの事例は、一定の条件がそろえば鉄筋コンクリートに海水を使っても問題が生じないという可能性を示唆しています。この条件については、これらの事例からは、高炉スラグ微粉末等の混和材の効果により緻密なコンクリートであること、十分なかぶり厚さの確保等により鉄筋への水分の供給が少ないこと、などが想定されます。

  • 図-1 宇久長崎鼻灯台の断面(単位:m)<sup>3)</sup>

    図-1 宇久長崎鼻灯台の断面(単位:m)3)

  • 写真-1 宇久長崎鼻灯台の現状<sup>2)</sup>

    写真-1 宇久長崎鼻灯台の現状2)

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■海水練りコンクリートの品質は?

詳細は日本コンクリート工学会の委員会報告書2)に記載されていますが、海水練りコンクリートの特長として、強度発現の増進(特に初期強度発現の促進)、高炉スラグ微粉末やフライアッシュなどの混和材を用いることによるコンクリートの緻密化(耐久性の向上)などが挙げられます。初期強度の発現が促進すれば、型枠取外し時期の短縮も期待できます。
一方で、海水の影響により、コンクリートのスランプ低下(混和剤の減水効果の低下)や凝結時間の短縮といった傾向があるので注意が必要です。また、鋼材腐食については、使用環境を踏まえて使用材料や配合を工夫すれば鋼材腐食の進行を抑制することが可能であると報告されていますが、構造物の耐用年数も含めた要求性能を考慮して、ステンレス鉄筋やエポキシ樹脂塗装鉄筋などの使用も考えるべきかも知れません。
このように、構造物の要求性能や使用環境を踏まえて使用材料や配合などを検討し適切な対策を取れば、海水練りコンクリートはコンクリート構造物に適用可能と考えることができそうです。

■練混ぜ水に海水を使えることのメリットとは?

では、どのような場合であればコンクリートの練混ぜ水に海水を使えることのメリットが得られるでしょうか。いくつか例示してみます。
1) 離島や開発途上国などの淡水(水道水や工業用水など)の確保が難しい場所での施工
2) 海岸に隣接した砂漠地帯(特に淡水が生活用水としても貴重な地域など)での施工
3) 震災などの災害発生時における応急復旧工事(生コン工場への水の供給が止まり、復旧に時間を要する場合など)
東日本大震災の直後には、水道施設の被災で生コン工場への水の供給が止まったケースもありました。しかし、人命救助や物資運搬のための緊急工事は極めて重要ですので、そのような状況で活用できる海水を使ったコンクリートの技術は有用です。また、島国である我が国では、遠隔離島をはじめとする離島の開発の際にも、淡水に替えて海水を練混ぜ水に使えることのメリットは大きいと思われます。
世界に目を向ければ、前述のように淡水(飲用水を含む)の確保にすら苦労している地域も多く、一方では開発途上国の発展のためにコンクリートは不可欠であるという現実があります。そこで、沿岸地域に限られるかも知れませんが、コンクリートに使う淡水の量を削減できれば、その地域の発展や生活の質の向上に寄与できるものと思います。

■練混ぜ水に海水を使うための留意事項とは?

一方で、海水練りコンクリートの製造や施工に関する主な課題や留意事項としては、以下のような点が挙げられます2)
1) 製造設備として、貯水槽や配管、計量器等の海水による腐食劣化の防止対策が必要。
2) 一つの生コン製造プラントで、通常のコンクリートと海水練りコンクリートを交互に製造するのは難しい(ミキサーの洗浄などの手間が大きく、通常のコンクリートの品質管理も難しくなる)ため、海水練りコンクリート専用の製造プラント設備を設けるのが望ましい。
3) 製造後のスランプ低下を考慮して、生コン工場から現場までの運搬時間を設定するなどの配慮が必要。
4) 普通鉄筋を使う場合は、鉄筋腐食抑制の観点から、水分や酸素といった塩分以外の腐食因子による影響を低減するため、特に所定のかぶり厚さを確保するように、鉄筋の組立精度に十分な注意が必要。
このような留意点を踏まえれば、海水練りコンクリートを製造・施工すること自体は大きな問題なく実施できると思われます。なお、無筋コンクリートの事例ですが、フライアッシュ原粉と重量スラグを用いたスラグ併用石炭灰コンクリートで、大型の消波ブロックが海水練りで製作された実績があります。このスラグ併用石炭灰コンクリートは、現場に設置された専用プラント設備で24万m3も製造・施工されました2)

■おわりに

上記のように、海水練りコンクリートは様々な配慮をすれば鉄筋コンクリート構造物にも使える可能性があると考えられます。ただし、必要とされる配慮は、使用する構造物の要求性能や使用条件、施工の緊急度、材料調達の難易度などによって異なります。これらを踏まえて、コンクリートの使用材料や配合、補強方法、施工方法などについて幅広く検討する必要があります。
これらの配慮や工夫を何もせずに海水をコンクリートの練混ぜ水に使えば、当然ながら顕著な鋼材腐食に繋がり、構造物が必要な期間、必要な機能を発揮することは難しいでしょう。しかし、今後、様々な制約の中でコンクリート構造物を建設しなければならない場合に、適切な配慮や工夫をすることで、海水練りコンクリートが一つの回答(選択肢)になる可能性はあると思われます。
コンクリート構造物が性能規定型で設計されるならば、施工中および設計耐用期間中に要求性能を満足していることを確認することを前提として、海水練りコンクリートも使用可能となるはずです。また、緊急工事であれば、海水練りコンクリートの特性を理解したうえで、応急的な対応として採用することもできると思います。
本文でも多くを引用した日本コンクリート工学会の委員会報告書2)は、広く水資源問題の解決に資するため、英訳化されて世界に発信されています4)
最後に、本文では練混ぜ水としての海水利用について紹介してきましたが、海水をコンクリートの養生に使うことによっても、淡水の使用量を削減できるメリットがあります。海水練りコンクリートの養生だけでなく、淡水で練り混ぜたコンクリートでも海水養生により強度増進が確認されており2)、無筋コンクリートであればすぐに使える技術かも知れません。興味があれば委員会報告書を読んでみてください。

(編集委員H)
【文責:「現場の失敗と対策」編集委員会】

参考文献

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