「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。
2022/06/01
近年、杭基礎で支持された構造物を撤去した後に、新たに構造物を建設する工事が増えています。既存杭(旧構造物の杭)を地中に残しておくと新設杭の設計・施工に影響がでる場合には、既存杭を撤去して良質な土やセメント系充填材によって埋め戻すのが一般的です。
しかし、既存杭を撤去して埋め戻した部分は周囲の原地盤とは異なった性状となるために、新設杭を施工するときのトラブル発生要因になることがあります。特に都市部のリニューアル工事等では工期や工費だけでなく施工スペース等の制約もあるために、新設杭の施工で何かトラブルが発生するとその対応にはとても苦労します。
では既存杭の撤去工事ではどのような点に注意すべきなのでしょうか。既存杭の撤去・埋戻し方法や新設杭施工時のトラブル例等も示しながら注意点を考えてみたいと思います。
既存杭の撤去工法は、直接引抜工法と縁切引抜工法と破砕撤去工法の3種類(表1)に大別できます。この中でケーシング回転掘削機を用いて杭周面の地盤を切削して、杭と地盤の縁を切ってから、杭にワイヤーをかけてクレーン等で引き抜く、いわゆる縁切引抜工法(図1)が多く用いられています。そして、杭撤去後の埋戻しでは、①土、②流動化処理土、③貧配合セメントミルク、④貧配合セメントミルク+土、の4種類の埋戻し材(表2)のいずれかが用いられています。
しかし、既存杭を撤去すれば周辺地盤に緩みが生じます。そして、これらの材料によって埋め戻した地盤は原地盤と同じ状態には戻りません。既存杭を撤去した孔には泥水や泥土が残されているために、良質な土を単に投入しただけでは後で色々な問題が生じるだろうということは容易に想像がつきます。そこで、セメント系固化材を添加した埋戻し材では、埋戻し後の地盤の均一性を確保するために、撹拌混合する等の工夫も行われていますが、それらの杭孔への入れ方や撹拌方法にも数種類の組合せがあります(表2)。
このように多様な組み合わせが存在する既存杭の撤去・埋戻し方法はどのように選定すればよいのでしょうか?
既存杭の撤去に関しては、既存杭の仕様や現場の状況に応じた施工方法を選択することができるでしょう。たとえば、短い杭は油圧ジャッキ等を用いて直接引き抜くこともあり、大口径・長尺杭は全周回転式掘削機等を使用して杭を破砕しながら撤去する場合もあります。施工会社や工法研究会等の情報1)も参考にして各現場の状況に応じた適切な施工方法を選択することが大切です。
一方、埋戻し方法の選定に関しては、その判断基準の目安となる情報が不足しているのが実情です。しかし、埋戻し地盤に関する実測データや品質改善に向けた研究成果等2)が色々と出てきていますので、常に最新情報をチェックされることをお勧めします。
既存杭撤去時のトラブルの原因としては、地中にある既存杭が想定された状態ではなかったこと(主に既存杭の施工不良)が大半を占めていると考えられます。例えば、既存杭の過大な傾斜や場所打ち杭の異常な断面拡大によるケーシング回転掘削の中断、打込み杭の杭体破損部から下の取り残し、埋込み杭の根固め部の分離による取り残し等があります(図2)。
これらのトラブル対策としては、縁切引抜工法ではケーシング径を大きくするとか、場合によっては破砕撤去工法に工法変更を余儀なくされる場合もあります。そのような事態を避けるためには、既存杭の施工管理記録等が貴重な情報となります。ただし、既存杭の情報が適切に記録保存されていない場合もあります。既存杭の撤去工事ではコスト最優先ではなく、これらのリスクも考慮して施工計画を立案すべきです。
既存杭を撤去した後の埋戻し部が原地盤に比べて軟弱であれば、新設杭が埋戻し部に引き込まれるように傾斜することがあります。逆に埋戻し部が原地盤に比べて硬いと、新設杭が埋戻し部から離れる方向に傾斜しやすくなります(図3)。この傾向は新設杭の施工方法(打込み杭工法、中堀り杭工法、場所打ち杭工法等)に関わらず生じる可能性があるので注意が必要です。
したがって、埋戻し地盤はできるだけ原地盤に近い状態にすることが望ましいと考えられます。しかし、流動化処理土や貧配合セメントミルクを用いて埋め戻す場合でも、埋戻し材の配合や施工手順の違い等によって性状が異なる地盤となるために、埋戻し部の品質管理は思った以上に難しいというのが実情です。また、新設杭の施工を行う会社は、既存杭撤去工事の施工会社とは異なることも多く、既存杭の撤去・埋戻しに関する情報が充分に確認できずに新設杭の工事を行うがことあり、それがトラブル発生の一因となっているようです。
以上のように既存杭の撤去・埋戻しには技術的な課題も残されており、安易に「埋戻し部は原地盤と同程度に」といった曖昧な指示は禁物であることが理解できたのではないかと思います。
まず大切なのは、既存杭の撤去・埋戻し工事に関する記録を残して、新設杭の施工に役立てることです。残すべき記録として重要な項目としては、既存杭の位置、撤去後の埋戻し範囲、埋戻し部と周辺地盤の性状(サウンディング試験結果や一軸圧縮強度等)があげられます。
これまでは既存杭の撤去・埋戻しに関する詳細な記録が残されていないことも多々ありました。それは新設杭の施工上のトラブル要因となるだけではありません。埋戻し後の地盤を適切に評価できなければ、新設する杭基礎の設計(杭の支持力算出等)にも影響が出ることになります。しかも、これらの影響を適切に評価するための基準類等はまだ整備されていません。
このような状況を危惧して、地盤工学会の関東支部では2018年に研究委員会3)を立ち上げ、その成果を「既存杭の撤去・埋戻し方法とその影響を受ける新設杭の設計・施工」として発行するとのことです。また、建築基礎・地盤技術高度化推進協議会や日本建設業連合会でも様々な議論が交わされているようです4)。施工会社も埋戻し方法の改善に向けた技術開発を進めています。これらの最新情報を入手し、発注者、設計者、施工会社等の関係者が課題を充分に認識し適切に協議を行うことが大切です。
本コラムでは、主に新設杭の施工位置と重なる場合の既存杭撤去に関する注意点を取り上げてきましたが、新設杭の施工に影響を及ぼさない既存杭も全て撤去する必要があるのでしょうか。
以前は、不要になった既存杭は廃棄物であるから必ず撤去しなければならないと考えられてきました。しかし、撤去に伴う地盤の乱れ等のデメリットの他に、建設工事におけるCO2の排出削減、資源の有効活用といった観点からも、既存杭の再利用(直接利用)や存置が検討されるようになってきています5)(図4)。これらを検討するためには廃棄物処理法や建設リサイクル法等の知識も必要となりますが、日本建設業連合会の「既存杭の利用の手引き」6)や「既存地下工作物の取扱いに関するガイドライン」7)が参考になります。後者については、別のコラム記事「解体工事で地下構造物を残すとき ~残置or存置?その注意点~」8)でも取り上げていますので是非ご参照ください。
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