コラム:編集委員の独り言…

「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。

2023/06/01

失敗とは何か?(土工事編)

■失敗とは何か

2023年2月17日に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が試みた新型ロケットH3の打ち上げにおいて、JAXAは打ち上げの6秒前までカウントダウンを行い、第一段ロケットに着火はしたものの、異常信号を検知して第二段の固体ロケットへの着火を停止、打ち上げを中止した。JAXAは、会見において「打ち上げ中止」という説明をしたものの、一部記者と、中止なのか、失敗なのかというやり取りが交わされ、そのやり取りも含めてインターネットニュースのトップを飾ることとなった。

この時の打ち上げが最終的に「中止」であったのか、「失敗」であったのかについて、ここでは触れない。しかしこの時の論争において、それぞれ「中止」、「失敗」と評価した人々の意見について考えてみることとする。ネット上に飛び交った意見を整理すると、大体以下のような内容であった。

◎「中止」とした理由

①ロケットは機能を喪失したわけではなく、次の機会に延期することで打ち上げの再挑戦が可能だった。

②ロケットの機能の一つには、打ち上げ時に異常を検知し、打ち上げの進行を停止する機能があり、それは正常に作動した。

③ロケットの打ち上げ中止は、予定されたプランの一つが実行されただけである。

④打ち上げが成功しなかった原因が解明されたことで新たな知見が得られた。

◎「失敗」とした理由

⑤当初の目的は、ロケット打ち上げにより衛星を軌道に乗せることであり、それは果たせなかった。

⑥目的を果たすための計画とは違う経過となった。

なお、この時中止された打ち上げは、後日に延期されたが、その際は打ち上げによりロケットは離陸したものの、機器の不調により第二段ロケットの点火ができず、搭載していた衛星を軌道上に投入するミッションの達成は不可能と判断されたため、飛行途中で指令により破壊された。この時JAXAは「失敗」と発表している。

今回は特に最後の「失敗」とした理由について考えてみたいと思う。

■“勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし”

辞書で「失敗」という言葉の意味を調べると、『物事をしそこなうこと。やり方、方法などを誤って目的とはちがった結果になること。しくじり。やりそこない。』(日本国語大辞典)とされている。

最初の説明文からは「失敗」であるかどうかは、結果に基づいて判断されるものであり、結果が目的と異なった場合が「失敗」であると考えられる。二つ目の説明文には、やり方、方法についての言及があるが、これは、やり方や方法が予定されていたものと異なることが失敗だ、と最初の説明文とは異なる定義をしているわけではなく、最初の説明文の補足説明として、結果が目的を達成できない理由や要因をつけ足して説明しているだけであろう。

しかし、多くの人は、すべての失敗には必ず原因・理由があると考えている。

プロ野球選手、監督であった故野村克也氏はその著書の中で「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」と書いている。この言葉は野村氏のオリジナルではなく、江戸時代中期の肥前の国平戸藩の第九代藩主であった松浦静(静山と号する)の著書「剣談」に書かれている言葉である。松浦静山は戦国時代から幕末にかけての世相風俗を知るうえで重要な文献である随筆集「甲子夜話(かっしやわ)」の著者でもあるが、剣法の達人でもあり、その著書の中でこの言葉を使っている。その意味は読んで字のとおり、明確な理由や原因がない偶然の勝利(成功)はあるが、偶然の敗北(失敗)はない、ということである。

一時期日本でも大流行した「マーフィーの法則」は“いくつかの選択肢の中に失敗する可能性のある選択肢が含まれる場合、その選択肢が必ず選ばれる”というものである。一説によれば、この法則の名前の由来は、米空軍の技術者であったエドワード・A・マーフィー Jr.が言い出したとされている。日本での流行は、一種の“あるある”であったが、もともと安全性が重視されるプロジェクトでは常に最悪を想定しておくべきだという危機管理の心構えを示すものであった。

失敗には必ず原因がある。そしてその失敗をつぶしていくことが、確実に成功に至る歩みである。このような姿勢は、それ自体に問題があるわけではない。“失敗は成功の母”あるいは“失敗は成功のもと”という言葉が示すように、新たな技術は、数多くの失敗を糧に洗練され、完成されるものである。逆説的には、より多くの失敗をすればするほど成功に近づくとさえ考える人もいる。

例えば、ある事業の目的が達成されたとしても、その過程において、当初の計画通りに実行されなかった場合、当初の計画を変更したこと自体が問題である、という考え方がある。目的を達成しても、当初の計画通りに実行されなければ、それは必然ではなく偶然であり、「不思議の勝ち」である。当初の計画通りに目的を達成してこそ「当然の勝ち」であり、反省せねばならない、という考え方である。

しかし、本来、失敗に学び、成功への道を究めるという道徳的目的の下で生まれた「失敗には必ず原因がある」という観念であるが、改善するべき問題点がとらえづらいものである場合は、むしろ悪い方に働いてしまう恐れもある。特に土工事の場合は反省のしすぎに注意をする必要がある。

■何が失敗で何が成功なのか

次のような例を考えてみる。

平地部で道路の計画があるとする。

この時、道路が通過するエリアには汚染土壌が存在する可能性が指摘されており、道路の概略設計の段階では過去の記録を基に、汚染土壌があると推定されているエリアを避けて路線が計画されていた。しかし事業が進み、用地買収が行われて、工事予定地での作業が可能になった段階で行われた追加のボーリング調査の結果、地盤掘削を行う地域で、既存の記録には記載されていない汚染土壌が存在することが判明した。さらに詳細な調査を行った結果、ごく狭い範囲に大量の高濃度の汚染土壌が存在することが判明し、除去や封じ込めといった対応が困難であったため、計画段階では盛土であった構造を、橋梁形式に変更して道路を開通させなければならず、事業費が当初計画よりも大幅に増えることとなった。

この場合は「失敗」であるか、「成功」であるか。「失敗」とした場合、何が原因であるだろうか。

結果論で言えば、事前の計画の段階で汚染土壌が大量に分布することがわかっていれば、ルート決定の段階で汚染土壌が存在するエリアを回避して事業費の増大を防げたかもしれない。あるいは回避できなくても、当初から橋梁形式を採用し、盛土形式から橋梁形式への計画変更という手戻りをなくすことができたかもしれない。このように、実際の事業の進め方よりも効率的・効果的な事業の進め方が考えられる以上、今回の進め方は失敗である、と言えるかもしれない。そして少なくとも当初の計画は変更されているのであるから、そのことをもってこれらの対応を失敗と判断し、その原因を探るというのは、真摯な姿勢である、かのように見える。

本当にそうであろうか。

ここで、もしも追加ボーリングが行われなかったとしたら、あるいは追加ボーリングが偶然汚染土壌にあたらず、少し離れた場所で行われ、汚染土壌を確認することができなかったら、どうなっただろうか。

その場合、構造の変更も行われず、盛土構造のまま事業は進められ、土構造物の基礎工事の際に掘削された土壌に含まれる汚染物質で周辺の環境汚染が発生したかもしれない。つまり、この例は、当初の計画通りには事業が進まなかったものの、変更によってより良い結果、こと汚染土壌対応という観点では当初計画よりも大きな効果を上げていることになる。また事業費そのものは当初計画よりも増大しているかもしれないが、こうした汚染土壌への対応については環境基準や関連する法律などで水準が定められており、その対応にかかる費用は、当初の計画から増加していたとしても、正当な費用である。汚染土壌についても、例えば騒音や振動といった事業の実施によって副次的に発生する環境問題ではなく、事業実施以前から存在していたものである。ただ存在が認知されていなかったに過ぎない。事業としては、認知されないまま存在していた汚染土壌という要因を踏まえ、費用は増大しているものの、正当な費用で事業が実施されているのであれば、そこに失敗と判断する材料はないことになる。

また、そこに存在していた汚染土壌について認知できなかったという点についても考えてみる。汚染土壌については、その発生源が過去の事業所や施設等である場合、既存の資料調査などによって、それなりの確度でその所在を推定することができる。また施設等の所在地から土壌の調査なども精度よく行うことができ、把握も可能である。

しかし、施設の存在当時からの有害物質等であれば、その記録も入手は可能であるが、例えば一般的な廃棄物の焼却灰に含まれるダイオキシンのような汚染物質の場合、処理が行われた当時は有害物質として記録がされていなかったため、その記録をたどることは困難である。まして不法投棄のような違法行為に起因する汚染土壌では、規模が小さい場合、その所在を事前に把握することは極めて困難である。つまり特に過失や錯誤がなく、一般的に払われるべき注意が払われていた場合でも、存在する汚染土壌が事前に把握できていない、という状況が発生する。むしろ事業中に認知できたことこそが僥倖である。

とすれば、事業計画の変更に大きな影響を及ぼす汚染土壌の存在を認知できなかったことについても、無理からぬことであり、そこに反省すべき点はほとんどない。

汚染土壌のように特別な要因であっても、見過ごしが当然のように発生するのであれば、より一般的な、局所的な軟弱層の存在、局所的な脆弱層といった地質・地盤リスク要因について、事業の初期段階で見つけることができずに、事業の進捗中で認知され、計画が変更されるという状況はごく普通に起こりうることである。

次の図は、とある箇所において地層断面図を描くに当たって、資料として提供するボーリング柱状図の本数を意図的に制限して情報を提供し、熟練した技術者に断面を描かせたものである。比較的連続性が高い地層構成であっても、このように元となるデータの多寡によって、大きく結果が異なってしまう。この図の中のいくつかの断面においては、大きく地層構成が異なっており、ここに構造物を構築する場合、ボーリングの本数が、その構造を左右する影響を持つことがみてとれる。

断面図中に示された軟弱層などは、汚染土壌と同じく、事業の計画に大きな影響を与える地質・地盤リスク要因である。事業の途中でこうした地質・地盤リスク要因が新たに発見され、計画を変更せざるを得なくなったとしても、これら地質・地盤リスク要因が、当初の計画策定以前から存在するものであり、対応によって事業費の増大や工期の延長のような好ましくない結果が生じていたとしても、計画の変更が新たに発見された要因に対して適切なレベルの対応であるならば、その変更は失敗ではなく、むしろ改善と呼べるものではないだろうか。

■反省のための反省

ボーイングの本数の違いによる地層断面図の違い<sup>1)</sup>に加筆

ボーイングの本数の違いによる地層断面図の違い1)に加筆

しかし、上述のとおり、「当初の計画を変更することは、失敗の潜在的要因であり、問題である」と考える風潮は強い。実態に合わせた変更であっても、「それは当初計画のずさんさを意味するものであり、そこを改善しなくてはならない」、こう考える人は多いし、安易な計画変更に歯止めをかけるための制度が設けられているケースも多い。

上述のようなボーリングの本数というものは、大体事業費に対しての比率で予算額が決められており、担当者はその範囲内でのやりくりを強いられる。もちろん、予定地内に汚染土壌がある、といった情報があれば、より多くの予算や時間といったリソースを投入することも可能になるが、そうした情報でさえ、限られた予算や時間といったリソースの制約のもとでは事前入手が困難である。すべては、“あとからなら何とでも言える”、である。こうした問題の中に、担当者の能力不足や怠慢、不作為といった問題がある場合も少なくはない。しかし、担当者の行動に問題がなくても、見過ごしは起こりうる。これはむしろ“不思議の負けあり”である。しかし、世の中は、「不思議の負け」を認めない。何らかの原因と対策が求められる。根本的な原因は、事前の調査に投入されるリソース不足という根幹的な問題であっても、変更手続きに含まれる歯止めの仕組みは、抽象的な理由を認めない。具体的な理由を要求する。その結果、根幹的な課題は、具体的であるが派生的な課題によって覆い隠されてしまう。例えば、追加調査の実施や新たに得られた情報にもとづく設計の見直しに当たっては新たな業務発注を行う、あるいは既存の業務の増額変更契約を行う必要があるが、その際には理由の説明が求められる。設計変更の増額が当初契約の一定割合を超えるような場合では、しかるべき決済手続きが必要になる。手続きは組織内の稟議で進められるのが普通だが、その稟議者の中に「負けに不思議の負けなし」を座右の銘にしている人がいれば、決済に回される理由書は、より具体的に、同時に矮小化されていく。具体的には、事業全体としてリスク把握に投入されるリソース(予算、人で、時間など)が不足していた、という抽象的だが本質的な理由ではなく、たまたま場所が悪かった、極めて特異な条件だった、という理由へと収斂していく。組織としての問題は、個人の問題、あるいは偶然へと変質してしまう。

これはもはや“成功のための反省”ではなく、“反省のための反省”である。そこからは効果的な反省と改善は生まれない。失敗に学び、改善をおこなうための心構えである「負けに不思議の負けなし」がかえって失敗に学ぶ機会を失わせるというパラドックスが生じてしまう。

ここまでをまとめると、「成功」か「失敗」かは、あくまでも目的に照らして、その達成ができるかできないかによって判断されるべきである。「失敗」を「失敗」として認めることで、そこから生まれる反省が次の「成功」を導く場合は多々ある。反省は必要であるが、それはあくまでも目的を達成するために行われるべきであって、反省のための反省には意味がない。むしろ反省のための反省が、事業本来の目的を損なう場合もあるだろう。

次回は、土工事について、真の意味での失敗に学ぶ方法について述べることとしたい。(つづく)

参考資料
  • 1) 阿南修司:地盤情報の精度が液状化判定に与える影響について、日本応用地質学会、平成25年度研究発表会講演論文集、pp.169-170,2013.10

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