コラム:編集委員の独り言…

「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。

2023/11/01

コンクリート構造物の予防保全への課題
~再劣化に至る「安かろう悪かろう」は避けたい~

■コンクリート構造物の長寿命化と予防保全

コンクリート構造物の劣化や耐久性確保の問題は、我が国の社会資本整備(インフラ整備)における長年の課題である(優に30年以上は経過している)。しかし、少子高齢化や人口減少、財源不足、自然災害の激甚化などといった、昨今の、また近い将来に見込まれる社会環境の大きな変化の中で、インフラ整備において実現すべき「構造物の長寿命化」とそのために実施すべき「予防保全」は従来にも増して重要なキーワードと思われる。

国土交通省の審議会は、2022年12月に、2013年を「インフラメンテナンス元年」と位置付けて実施してきた10年間の取組みをレビューした上で、インフラ整備に関する今後の取組み方針や施策を提言として取りまとめた1)。この提言では、「地域インフラ群再生戦略マネジメント」への転換とそのための体制構築、維持管理の生産性向上に資する新技術の活用促進、DXによるデジタル国土管理の実現などの施策が示されている。
とくに、「地域インフラ群再生戦略マネジメント」への転換は、今後の取組み方針の軸として位置付けられている。これは、地域の将来像を踏まえ、複数・広域・多分野のインフラ施設を「群」として捉えて戦略的にマネジメントする考え方であり、施設の集約・再編も視野に入れつつ、維持・更新や機能追加を計画・実施していくものである。このとき、個別の施設に対しては「予防保全」の考え方に基づいて維持管理を行うことが前提となっている。

話が大きくなったが、本コラムでは、コンクリート構造物における「予防保全」の実現に障壁となりやすい「再劣化・再補修」の実情と課題について、ひとつの話題を提供したい。

■コンクリートの再劣化問題

コンクリートの再劣化とは、ここでは、コンクリートが劣化・変状を生じた場合に補修を実施した後、再度、劣化が進行する、または何らかの変状をきたすことを指す。

高度成長期(1955~1973年頃)およびそれ以降に多くのコンクリート構造物が構築されたが、コンクリートの耐久性が問題になるまでは、これらは永久構造物と考えられていた。建設後の早期劣化が問題になると、発注者からは施工者(建設会社)の施工不良だとの指摘を受けることが多かった。現在の技術・知見からすれば、施工には起因しない劣化が生じたとしても、である。
当初は、塩害やアルカリシリカ反応(ASR)などにより早期劣化すると、劣化したコンクリートをはつり取って断面を修復する、ひび割れには補修材を注入するなどにより、取りあえず悪くなったところに手当てをする、というのが標準的であった。場合によっては、表面塗装によって美観の回復を施すだけの場合もあった。そもそも劣化メカニズムの理解も不十分なところが多く、補修の適切な方法などはさらに知見が不足していた。
上記のように、「取りあえず悪くなったところに手当てをする」という対処は最低限の補修対策ではあったかも知れないが、それにより、その後に「再劣化」が生じるケースが多く報告されるようになった。

コンクリート構造物における劣化の進行について、たとえば塩害の場合、塩分によって鋼材の腐食が促進され、さび汁、ひび割れ、かぶりの剥離・剥落などを生じるが、部材の劣化が一様に進む訳ではない。コンクリートの品質や塩分供給量などのばらつきに伴い、比較的劣化しやすいところから劣化が進行・顕在化し、時間とともにその範囲も広がっていく。よって、悪いところ(顕在化したところ)だけを補修しても、しばらくするとその周辺の鋼材腐食が顕在化する、また補修したところの鋼材腐食が継続して再度さび汁などの変状を生じさせることになる(写真-1)。

写真−1 表面被覆工法による再劣化の事例<sup>2)</sup>

写真−1 表面被覆工法による再劣化の事例2)

よって、現在は、土木学会コンクリート標準示方書[維持管理編]などにおいても、たとえば塩害の場合、劣化部の十分な除去が必要であり、劣化がまだ顕在化していないところへの対処も含めて補修を検討するように推奨されるようになっている3),4),5)。写真の事例では、点検・調査に基づく診断によって表面被覆により鋼材腐食やASRによる膨張の進行を抑制できないとの判断がなされ、(a)の事例ではより効果の高い対策(断面修復や電気防食など)の実施、(b)の事例では総合的な判断(表面被覆はコンクリート内部に滞水させてASRによる膨張を助長する可能性があるため、ひび割れ注入の実施のほか、膨張が収束傾向にあれば補修せずに経過観察も検討)が必要であったと思われる。(a)の事例に関しては、断面修復や電気防食などは一般に表面被覆よりも高コストであるが、表面被覆を施しても腐食が進行することはおそらく予測可能であったと思われる。

それでも、劣化がまだ顕在化していないところへの対処となると、やはり外見で悪くなっていないところにコストをかけるのは心理的な抵抗が大きい。また、理解できたとしても、とくに予算上の制約のある施設所有者・管理者にとっては、無い袖をどうやって振るか、という問題に突き当たる。

■補修設計・補修計画の難しさ

これまでの様々な研究の成果として、塩害などの劣化メカニズムについては、再劣化の進行も含めてかなり理解が進んできた3),5)。その成果として、環境条件や供用期間、要求性能などに応じて、適切なグレードの補修を実施しないと再劣化問題が生じかねないということが分かってきた。「予防保全」を実施するつもりで補修したとしても、再劣化が生じてしまうと、「事後保全」としての対応を取らざるを得ず、その施設だけでなく、管理対象となっている複数施設の全体のマネジメント計画に支障をきたすことになる。そして、この再劣化への対応として、更なる補修コストが必要となる。
「予防保全」は、対象施設の維持管理・更新のトータルコストの縮減を図るために実施される。国土交通省が管轄するインフラ施設の30年後の維持管理・更新費は、予防保全により対応した場合には年間約6.5兆円、事後保全により対応した場合には年間約12.3兆円を要するとの試算結果が報告されており、予防保全により将来の維持管理・更新費を大きく抑える可能性が示されている1)。しかし、再劣化によって再補修が必要になるような補修をしてしまうと、当初の補修コストは安かったかも知れないが、追加の補修コストが必要になることで、当初から必要十分な対策を実施した場合よりもトータルコストは増加する。
このトータルコストは、その施設の補修・維持管理に関わるライフサイクルコスト(LCC)に相当する。つまり、個々の施設の劣化状態を詳細に把握した上で、LCCを考慮した維持管理、補修計画の立案が重要だということになる。そして、補修計画の立案の際には、顕在化している劣化だけを見て安易に低コストな方法で対処すると再劣化・再補修に至るリスクが高くなる、という事実を十分に考える必要がある。

低コストな方法で補修されて補修効果を発揮できず再劣化を生じた事例を見ると、「安かろう悪かろう」ということわざが思い浮かぶ。これは、値段が安いものは総じて品質も悪い、という意味のことわざである。もちろん劣化の程度によっては補修効果を期待できる場合もあるので、一概に低コストな方法を否定するものではない。しかし、対象施設の置かれる環境条件、使用条件、想定される劣化メカニズムなどを踏まえて、再劣化のリスクを十分に考慮した上で、適切な補修方法が選定されるべきである。再劣化が生じ、「安かろう悪かろう」と指摘されて困るのは、その補修方法の選定に関わった技術者であり、その施設の所有者・管理者である。

原則論としては、上記のような話になる。
しかし、実際問題として、予防保全を適切に実施するためには、補修の実施に伴う施設のLCCを適切に評価できることが必要である。そのためには、補修対象となるコンクリートだけでなく、補修箇所(補修材料や補修工法)も含めて、その耐久性や劣化予測の精度が重要であるが、実構造物における様々なばらつきを踏まえて、これらを適切に把握することは難しい面も多い。既存の補修材料や工法だけでなく、新しく開発される様々な補修材料や工法も含めて、これらをどう使いこなすか、悩ましいところは多いが、技術者の腕の見せ所でもある。もちろん、現実的には、安全側の評価をする、耐久性の評価や劣化予測のために点検・モニタリングを併用する、などの対応も重要であり、予防保全を実施するための課題について、施設所有者・管理者にきちんと理解を得るべきと思われる。
また、今後は、DXによるデジタル国土管理の実現に向けた取組みが進むことが期待される1)。様々な施設の維持管理データの共有・利活用が可能となれば、同様の環境条件、使用条件にある施設の劣化進行や補修効果(補修部の耐久性など)の情報を活用することにより、より高度な予防保全が可能になることも期待したい。

参考文献
  • 1) 国土交通省 社会資本整備審議会・交通政策審議会 技術分科会 技術部会:総力戦で取り組むべき次世代の「地域インフラ群再生戦略マネジメント」~インフラメンテナンス第2フェーズへ~、2022.12
  • 2) 古賀裕久:土木コンクリート構造物の表面処理工法による補修 ①表面処理工法の概要、コンクリート工学、Vol.61、No.6、pp.548-553、2023.6
  • 3) 土木学会:2022年制定 コンクリート標準示方書[維持管理編]、2023.3
  • 4) 土木学会:コンクリートライブラリー157 電気化学的防食工法指針、2020.9
  • 5) 土木研究所:コンクリート構造物の補修対策施工マニュアル 2022年版、2022.12
関連記事
  • 1) CONCOMコラム:断面修復工でのコンクリートの再劣化-マクロセル腐食-、2016/3/30
  • 2) CONCOM記事:塩害を受けた海上コンクリート桟橋上部工の部分的な断面修復箇所の再劣化、2019/12/25

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