土工事、コンクリート工事、基礎工事の事例
土工事
1)切土
2023/09/01
西日本にある高規格幹線道路の建設現場において、道路延長160mにわたって地すべりが発生した。発生現場は、高さ15~20m程度の両切土であった。切土区間は前年10月頃に掘削工事が終了したが、およそ半年が経過した翌年4月13日の午後にのり面が前面に押し出され、路面が隆起している変状が発見された。変状発見の報を受けて工事を中止し、変状の把握を開始した。翌4月14日に現地踏査を行った結果、背後地山に段差3m程度の滑落崖を発見した。さらに14日夜から15日未明にかけて大規模なすべりが発生し、地すべり頭部には段差約18mの滑落崖が発生し、端部では6~7mの隆起が発生した。
現場周辺の地形は標高50~150m程度の丘陵と標高200m程度以上の小起伏山地からなる。地質は、新第三紀の礫岩、砂岩、泥岩が分布している。礫岩、砂岩が優勢であるが、その間に、すべり面となりやすい一部有機質を含む泥岩層が、挟み込まれるように分布している。現場は海からおよそ1km離れた位置にあるが、地層は緩やかに海に向かって傾斜しており、現場付近ではおよそ9~15度の傾斜であることが地質図から読み取れる。
周辺では、新第三紀の堆積岩、火山砕屑岩の分布域で多くの地すべりが確認されている。地すべり地形分布図による調査では、当該現場は地すべり地形が判読されてはいないものの、隣接する地区に複数の地すべりが確認されている。
降雨の状況について見ると、地すべりの発生する一週間前、4月7日及び4月9日から12日にかけて15~30mm/日程度のまとまった降雨があり、累積雨量は130mmとなっている。
同年4月の累積雨量は200mmを超えているが、これは平年の4月の雨量が110mmであることに比べると例外的に多く、アメダス観測開始以来の50年間で2番目の雨量であった。すべり発生直前の降雨は決して豪雨と言える規模のものではなかったが、平年に比べて多雨であったといえる。
災害後の調査と検討により、地すべりの発生メカニズムは図1に示すようなものであるとされた。
(1)施工前
現場の地層は海側に向かって緩やかな下り傾斜となっており、流れ盤であった。優勢な砂岩層と礫岩層の間に弱層となる泥岩の薄層が介在していた。また地すべり区間の上部および前後区間には、断層による分離面が存在していた。
(2)切土施工時
切土施工が行われた。現場は丘陵の尾根にあたり、掘削基面までは良質な岩が連続していた。基盤面も堅固な良質の岩であった。尾根部分を大規模に掘削したことにより、分離面に囲まれた不安定ブロックが発生した。しかし掘削基面の良質の岩が変動を抑制していたため、施工中に変形も発生せず、無事に工事を終えることができた。
(3)変状発生
切土による応力開放と多雨により、施工後に半年をかけて掘削基盤付近の岩の強度が低下。多雨による地下水位の上昇で、泥岩層のスレーキングが進み、弱層が形成された。その結果、不安定ブロックの末端部で受働破壊が発生した。
(4)大規模すべりの発生
掘削部分の受働破壊により上部ブロックが大規模に滑動。頭部には最大18mの滑落崖が発生した。
地すべりの安定後、詳細な地質調査、三次元解析などを行って対策工を検討した。断層や脆弱な泥岩に囲まれた不安定ブロックは非常に大きく、大規模な対策工の検討が必要となった。検討段階では、排水ボーリングにより地下水を抜く抑制工を基本としつつ、安定化対策として、①グラウンドアンカー単独による安定化、②グラウンドアンカーと鋼管杭による抑止工の組み合わせによる安定化、③グラウンドアンカーに加えて、道路部分をカルバート化することにより、末端部抑止による安定化、の三つの抑止工が提案された。最終的には、経済性の観点から①,②案が候補となり、安定化対策をグラウンドアンカーと抑止杭という二つの異なる工法により行うことで不確実性に対するリスク分散を図ることができる②案が選定された。概略検討段階では、打設されるアンカー本数は7段で約180本、抑止杭は全長18m、直径約400mmの鋼管杭を2m間隔で打設するものとなった。
本事例では、そもそものすべりの原因となった弱層が強固な岩の掘削基面よりも下にあり、施工中における変状発生を抑制してしまったこと、また地すべりもいくつかの誘因が重なり合っていることから、設計時、施工時に、今回のすべりの発生を予見することは困難であると考えられる。しかしながら、既往の同様の災害事例では、本事案において経済性の観点から除外された③案である当該区間にカルバートを設置する形での復旧を選択せざるを得なかった事例もあり、またこのようなすべりが工事中ではなく、供用中に発生した場合は道路の通行止めによる経済的な損害もさらに増大することが懸念される。
本事案そのものの原因究明としてではなく、将来における同様の事案の発生の確率を少しでも引き下げるための着眼点としては、次の2つが考えられる。
①計画段階での資料調査と現地踏査による情報の活用
今回の事例における最大の要因は、掘削基面の下にある流れ盤の泥岩層の存在と尾根部を貫く両切土による応力開放である。泥岩層については掘削基面の下にあることから存在を調査で検知することは難しく、また一般的な土工工事で、堅固な岩層を掘削するような断面において、複数のボーリング調査を近接して実施することは通常行われないので、流れ盤を発見することは難しいであろう。しかしながら、地質図には地層の傾斜が記載されており、事前の資料調査により、流れ盤が存在することは把握しえたと考えられる。道路土工構造物技術基準においては、計画の後に“調査、設計及び施工において段階的に不確実性を低減していくことが重要である”1)とされている。事業の進捗に伴って追加でのボーリングなどが行われ、得られる情報はその質と量を増していく。しかし、地質・地盤が有する不確実性に対して、調査によって得られる情報は絶対的に少ない。ボーリングを例に考えれば、ボーリング実施地点においては多くの情報が得られるが、平面的に見れば点の情報に過ぎず、ボーリング地点から数メートル離れたところに破砕帯や脆弱層があったとしても、ピンポイントで外れてしまえばそうしたリスク要因の検知には役に立たない。一方で地質図から得られる情報は、ある点についての精度に関してはボーリング調査より劣るものの広がりを持った情報であり、今回のような地すべりに関する危険性の把握に適した性質も持っている。
一般に事業の進捗に伴って、情報が追加されると、既往の情報を上書きしてしまう場合があるが、ある断面における詳細な構造物の設計にはボーリングによって得られた情報、路線における潜在的なすべりの可能性の検討には地質図や踏査によって得られた情報、と行う判断の内容に応じた情報を選んで用いることが重要である。
もう一つの要因である尾根部の両切土による応力開放については、事前の資料調査により、このような条件に該当する箇所を事前に把握することは可能であるが、応力開放の影響は現時点では有効な評価手法がなく、研究の途上である。事前の段階で尾根部を貫く両切土をリスク要因として把握はできても、事業の進捗にともなう詳細な調査で岩の強度などが判明すると、応力開放による強度低下を考慮しない危険側の安定検討が行われてしまう可能性がある。過度にデータの精度にとらわれ、「詳細なデータ」を過信しないように心がけることが必要である。
一方で、同じ資料調査の情報がネガティブな判断を導いてしまうケースも考えられる。事前の地すべり地形図では、当該箇所は地すべり地形の範囲に含まれていなかった。しかしながら、資料等から認知される危険の範囲に含まれていない、ということは、当該箇所が安全であるということではない。地すべり地形図は、地すべりというリスク要因の存在を示す資料である。リスクマネジメントにおいては、リスク要因が生み出す結果の形態や発生確率のような定量的な分析を行うリスク分析と想定された結果から生じる影響に対しての対応方針を決定するリスク評価は異なる工程として定義されている2)。これは、リスク要因から生じる結果の分析とその結果から生じる影響への対応を混同してしまうと、対応が比較的容易なリスク要因と結果は抽出されるが、対応が困難な結果やその影響が無意識に回避され、見落としにつながる、という危険を避けるためである。
地すべり地形図の活用にあたっては、当該現場付近のリスク要因の有無の参考とすることはあっても、リスク要因から生まれる影響、すなわち地すべりの発生が起こるか否か、という判断の材料として利用することは危険側になるので、注意が必要である。
②施工後の供用段階における検知
本事例では、両切土の施工後、およそ半年の工事期間中(供用前)にすべりが発生しているが、その誘因の一つが平年に比べて多雨であったことなど、偶然の要素も多い。本事例の現場でも、気象条件や脆弱な泥岩層の深さ、すべり発生個所の前後の分離層の位置などによる不安定ブロックの性状によっては、すべり発生までにもっと長時間を要し、道路の供用中に被災が発生した可能性もある。その場合、掘削基面が舗装されていることや、工事中と異なり、専門的な知見を持った技術者が常駐していないことから、変状が発生しても早期に発見できずに、被害がより大きなものになった可能性も否めない。供用段階における変状の検知も重要である。平成29年度から始まった道路土工構造物点検では、おおむね15m以上の切土については特定道路土工構造物として5年に一度の点検を行うこととしている。平成29年8月に策定された道路土工構造物点検要領は、最初の5年間の経験を踏まえ、令和4年度に改訂され、令和5年度から新しい点検要領による点検が開始されている。道路土工構造物点検要領の改定のポイントの一つ3)は、道路の供用後比較的早い時期に発生する災害が多いことを踏まえ、建設から二年以内に最初の点検を行うことを基本とした点である。この改定は、道路土工構造物の不確実性が大きいという特性を鑑みたものであるが、特に切土の応力開放による急速な性能の低下の影響が大きい。特に地すべりの多発地域、規模の大きな両切土については、被害発生時の影響が大きな、規模の大きい特定道路土工構造物を中心に施工による応力開放の影響を意識してマネジメントを行うことが重要である。
1) (社)日本道路協会:道路土工構造物技術基準・同解説,平成29年3月
2) 国土交通省大臣官房 技術調査課、国立研究開発法人 土木研究所、土木事業における地質・地盤リスクマネジメント検討委員会:土木事業における地質・地盤リスクマネジメントのガイドライン,令和2年3月
https://www.pwri.go.jp/jpn/research/saisentan/tishitsu-jiban/pdf/georisk-guideline2020.pdf
3) 国土交通省社会資本整備審議会道路分科会:第18回道路技術小委員会配布資料,【資料2-1】道路土工構造物点検要領の改定について,令和5年3月
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001594549.pdf
編集委員会では、現場で起こりうる失敗をわかりやすく体系的に理解できるよう事例の形で解説しています。みなさんの経験やご意見をお聞かせください。
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