2024/12/02
愛媛県松山市を拠点に道路舗装工事業や、管路工事などを営む株式会社愛亀(あいき)。同社も令和5年(2023年)度に、坪田元気(つぼた・げんき)さん、上田尚(うえだ・なお)さんの2人を、今年2月からは岡(おか)ひとみさん、4月からは下久保(したくぼ)ひめのさんを建設ディレクターとして迎え、建設ディレクターの運用・教育に力を入れています。直近では、国交省の「令和5-6年度 松二管内舗装修繕工事」(働き方改革の実現に向けた効率的な建設工事の促進事業に係るモデル事業)において、上田さん、岡さんの2名が、初めて電子マニフェスト(廃棄物管理票)の作成に取り組みました。同種の舗装修繕工事では、これまで主担当の監理技術者の月平均時間外労働が約60時間を超えていたといいますが、モデル工事ではこれと比較して、約30%削減することができました。指導を担当した香西政宏道路事業部松山事務所工事長は、「肌感覚ではあるものの、将来的には全社的に3、4割は削減できるのでは」と、手ごたえを感じ始めているそうです。また、技術者としての〝コア〟な部分『品質・工程管理や新技術についての勉強』などにも時間を充てられる、と期待を寄せています。
今回は、建設ディレクター2年目の坪田さん、上田さんと、1年目の岡さんのほか、取締役施工管理部長の西山剛輔さん、香西さんにお話をお聞きしました。
坪田:4年前まで大阪の眼鏡店に勤めていました。各店舗を統括するエリアマネージャーとして10年以上、マネジメントや担当エリアの売上管理などに携わりました。コロナ禍の影響もあって退職し、地元の愛媛で転職活動に励みましたが、40代という年齢もあって苦戦しました。職業訓練校でITパスポート試験の合格に向けた講座を受けながら、家族の紹介で愛亀に入社しました。週休2日など、いわゆる働き方改革を発注者側が積極的に推し進めてくれている業界ですから、今後は優良、人気の業界になる可能性が十分あります。そうなってからでは、40代の私のいる場所はないかもしれない。今がチャンスだと思い、この業界に飛び込みました。入社後に道路事業部で業務に励み、1級、2級土木施工管理技士補の資格を取得しました。その後、工務部では、BCPやISOなど許可関係の業務に携わりました。建設ディレクターを拝命した時、職業訓練校で学んだITスキル、経験も活かせるのではないかと思いました。
上田:父も当社の技術者として、維持工事に携わっていました。早朝、休日であっても交通に支障が出るような時、発注者から電話があればすぐに駆け付ける父の姿を幼い頃から見ていました。大学卒業後にどんな仕事に就こうかと考えた時、やはり身近な父の存在が大きかったですね。仕事について改めて尋ねると、やはり「書類作成がとても大変」という話が多かったのですが、人の手なくしては作り上げることの出来ない地域のインフラ整備に少しでも貢献したい、と建設業に興味をもちました。私が抱いていた「建設業」のイメージは、やはり力仕事が多いこと。小柄なこともあり、書類作成など事務的な業務ができればと思っていた時、新入社員研修の後に建設ディレクターに任命され、タイミング良く希望していた職種に就くことができました。
岡:これまでは、愛媛県の土木事務所や、国土交通省の河川国道事務所の臨時職員として書類作成の補助を経験したほか、新設工事に伴う埋蔵文化財発掘調査の調査助手として現場に出ることもありました。最も長く勤務した県内の建設会社で8年半ほど、事務の仕事を経験しました。ちょうどその契約期間が終わって求職活動をしていた時、新聞で建設ディレクター協会の新井恭子理事長のインタビュー記事を目にしました。当時携わっていた仕事に通じるものがあり、すぐに興味が湧きました。当社の「建設ディレクター」の求人募集を見つけた時、「おもしろい」とすぐに応募しました。「書類補助」というよりも名前がかっこいいですよね。
坪田:昨年度は県発注の工事において、社内のアドバイザー(道路事業部所属の元常務)のサポートを得ながら、契約後の施工計画書などの書類作成のほか、発注者との折衝から完成検査、写真撮影、管理、それを電子納品まで持っていくという一連の業務をお手伝いしました。私の場合は書類作成業務にとどまらず、「現場の技術者のここが苦手!」という部分のサポート役に徹しています。やはり電子機器は、年配の技術者さんにとって抵抗感もあり、使いづらい部分があるようですから。ICT舗装のモデル工事でもありましたので、情報共有システム(ASP)を初めて担当したり、遠隔臨場の手配もしました。技術者が出来形管理の写真を撮る時に、私も現場に同行して撮影し、事務所にいる発注者とコミュニケーションをとりながら、試行錯誤でウェアラブルカメラや通信機器の活用を進めました。
上田・岡:直近では、「令和5-6年度 松二管内舗装修繕工事」(工期:令和6年4月~9月末)で、マニフェストの電子化業務に携わりました。当社にとって、電子マニフェストに取り組む初弾工事でした。一日あたりの廃材数量と必要なダンプの数を計算し、排出事業場の設定などの基本設定をした上で、われわれが独自に「マニ伝」と呼んでいる帯状のマニフェスト伝票(排出事業者、収集運搬者、処分業者の三者がもつ紙)にざっと情報を記入します。それをもとに、パソコン上に登録をするという作業です。
上田:大学では畜産について学んでいましたので、土木の「ド」の字も分かりませんでした。舗装に関する用語もまるで理解できず苦戦しましたが、建設ディレクター協会の講座で〝駆け出し〟の部分を学ぶことができたので役立ちました。自分で調べられるところはインターネットを使い、それでも分からない用語は技術者にすぐに尋ねることができ、丁寧に教えてもらえます。わからないことがその場で解消されているので、不安はありません。
坪田:対面、電話でのコミュニケーションが主流ですが、どうしても技術者を気遣う気持ちから、「この時間に電話をしたら迷惑かもしれない」という遠慮の気持ちが働いてしまうこともあります。
坪田:眼鏡を取り扱う店舗で接客をしていましたので、技術者さんとのコミュニケーションにおいて前職でのスキルが役立ちました。ある現場の完成検査が終わった後、現場代理人から「とても助かった、ありがとう」と言ってもらえただけでなく、「もちろん、次の現場もやってくれるんやろ?」と声をかけてもらえたことがありがたく、印象に残っています。今後も「坪田を使いたい」と思ってくれる技術者が、少しずつ増えてくれればありがたいです。
岡:これまではやはり臨時職員でしたので、がっつりとその現場について仕事するというより、書類整理や書類作成の補助業務が中心で、あまり深く現場に関わったことはありませんでした。入社して初めて、埋蔵文化財の発掘現場以外でヘルメットをかぶって現場に出ました。とても新鮮で、やりがいのある毎日です。入社して2か月程度が経った頃でしょうか。松山市発注の工事に携わった際、指導してくださった技術者が「(完成書類のファイルが)とても綺麗だった」と褒めてくれていたそうです。人伝に聞きましたが、とても嬉しかったです。
上田:現場技術者に比べると屋内の事務作業がメインではありますが、ICTを活用している現場に出向くこともあるので、本当に〝いいとこどり〟な職種だと思います。現場監督が周囲の協力を得て成し遂げるのを、バックで支えられる。やはり人のために貢献できる、というところが一番のやりがいです。
香西:働き方改革のモデル工事となった「令和5-6年度 松二管内舗装修繕工事」では、主担当技術者の月平均時間外労働時間を33%削減し、40時間以下にする目標を掲げ、様々な取り組みを進めました。その一つが、上田さん、岡さんの二人の建設ディレクターを配置し、電子マニフェストを導入することでした。私もOJTのような形で指導育成を担当しました。当社は年間1万6000トン(がれき類、木くず、建設系混合廃棄物など)もの産業廃棄物排出量がありながら、これまでの紙のマニフェストでは、複写式の用紙が排出事業者や収集・処理業者間を動き回り、現場規模が大きくなればなるほど保存場所の確保にまで多くの時間と労力を費やしていました。電子化したことで、1か月ほどかかっていた集計・入力作業がなくなり、迅速で簡単に廃棄物管理ができました。紙マニフェストのように、書き間違いや紛失のリスク、保存の手間もありません。「一人で毎日、紙の伝票を処理していたら何日かかるか」と考えれば、事務作業の削減という部分で非常に効率的でした。
もう一つの取り組みとして、ビジネスチャットツール「Teams」を活用し、現場代理人や建設ディレクターら11アカウントを取得して試験運用しました。例えば、技術者のスケジュールを共有し、あらかじめ「今日は何をする」ということを見える化しました。その上でTeamsのチャット機能を使うなど、建設ディレクターが技術者の顔色をうかがう必要もなく、スムーズにコミュニケーションをとることができました。全社的にTeamsを本格導入するかどうか、今後検証・検討していきます。
西山:監理技術者、現場代理人は、「自分のやり方で仕事を進めたい」などと考えてしまいがちですが、建設ディレクター制度を確かなものにしていくためには、技術者の理解と協力は欠かせません。ただそれを、技術者だけに求めるのではなく、会社全体で対面によるコミュニケーションを促す場を積極的につくることで周知を図っています。技術者と建設ディレクターをメインにITをテーマにした勉強会を実施したほか、立命館大学や西尾レントオールの共催で10月、同大の建山先生をお招きして、意識改革のための研修「建設イノベーションワークショップ」を実施しました。技術者、建設ディレクターだけでなく、営業、事務のほか、様々な部署の社員が、『求人活動を行わなくても、若い人が入社したいと集まってくる会社になるためには』をテーマに意見を出し合い、今までとは違う発想で具体的な方策を考える機会になりました。
香西:モデル工事では、建設ディレクター協会が提供する技術者との業務連携を支援するプログラム「TEAM SWITCH」を導入したことも、労働時間削減に一役買いました。「TEAM SWITCH」では、技術者の意識改革を念頭に、どの業務を建設ディレクターに移管するかを考え、その項目を再設定し、移管業務とスケジュールを決めることで、建設ディレクターとの分業体制を実現する仕組みづくりを目指します。業務を整理することは、大きな意識改革にもつながります。当社でも、やみくもに業務を分けるのではなく、積算から工事完成に至るまでの250項目の業務を把握・分析した上で、建設ディレクター協会のモデルを参考にしながら、「現場がやるべきこと」と「建設ディレクターに託せるもの」に分類。「建設ディレクターに託せるもの」として40項目ほどを抽出し、難易度を「今すぐできる」「少し指導が必要」「知識と経験が必要」の3段階に分け、簡単なものから移行しました。技術者、建設ディレクターともにストレスなく、順調に整理・仕分けが進みました。「TEAM SWITCH」を導入してよかったことは、業務のマニュアル化・可視化の必要性を気づかせてもらったことです。統一マニュアルができればチーム全体で業務のサポートができ、効率化や無駄な工程のカットになる。それはそのまま残業減や休日確保につながります。弊社独自のマニュアルを作ることの大事さがわかり、今後進めていきたいと考えています。
岡:「これをやってもらって助かりました」と言ってもらえる建設ディレクターを目指しています。そのためには、自分で「ここまで」と線引きしてきたラインからもう少し踏み込んで経験を積みたい。建設業界で働く知人からも「建設ディレクターって何?」と言われるほど、職域として知られていないからこそ、特に同じ女性に向けて、リモートでもできて、長く働ける魅力的な仕事だと発信できれば。
上田:書類業務を完璧にこなし、「もう君に任せたよ」「はい」というやり取りができるレベルにまで高めたい。そのために今、「TEAM SWITCH」を通じて、岡さんと独自のマニュアルを作成しています。これから入ってくる新人のディレクターがこれを見れば理解できるよう、自分が技術者から教わった内容などを盛り込んでいます。
坪田:技術者の隣で基本の部分を学ばせてもらっているからこそ、残業時間という目に見える数字だけでなく、やはり心理的負担を減らしたいと感じます。将来的には、建設ディレクターとしてもICTや先端技術についての知識とスキルを身に付ける必要があると思っています。勉強をして、是非そこにも食らいついていきたい。
香西:愛媛県で発注の舗装修繕工事では10月から、ICTの切削機を使用した場合の費用などを負担してくれるようになり、少しずつ前進しています。将来的に県発注の修繕工事でBIM/CIMも使う機会があれば、やはり技術者一人が勉強するだけでは大変です。その時は「ちょっと坪田さん!」と声をかけますから、一緒にやってもらえれば心強いです。
坪田:コミュニケーションが得意な人。加えて、あまり他人の顔色をうかがいすぎることなく、躊躇せず飛び込んでいけるような、ある意味で〝図太さ〟も必要だと思います。
上田:やはり第一にコミュニケーション力ですね。貪欲に知識を吸収しようとする姿勢も強みになります。
岡:ものづくりが好きな人。自分が携わったものが出来上がり、目に見えて、長くそこに残って人の役に立つ、ということにやりがいを感じる人が向いているのではないでしょうか。
今回のモデル工事で、建設ディレクターのトレーナー役となった香西さん。西山さんいわく、「舗装工事に対する熱意があり、誰に対しても言葉にトゲが無く、皆からの信頼が厚い」。香西さんは、現場でも若い人を数多く指導してきたベテラン。建設ディレクターに対してもこう心がけたそうです。「誰もが最初は初心者。特に建設ディレクターは新しい職域なので、迎える我々も長い目で見ていく必要がある。1つずつステップを踏んでもらい、間違えてもいいと声をかけ、トライ&エラーの精神で挑戦してもらいました」。
同社は、技術者との人数のバランスも大切にしながら、積極的に年間1、2名ペースで建設ディレクターの採用に取り組むとともに、「建設ディレクター室」(仮称)のように専門部署を設けることも検討していくそうです。若手や女性の採用だけでなく、「建設ディレクターが定着して一つの選択肢になれば、現時点で数名いる60歳以上の現場技術者が体力に限界を感じた場合でも、会社に残って長く活躍してもらうこともできるかもしれない」と、高年齢の技術者活用まで見据えていたのが印象的でした。
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