土木遺産を訪ねて 最寄り駅から歩いて行ける土木学会選奨土木遺産を紹介。周辺の見どころ等、旅の参考にしてください。

木学会が平成12年に設立した認定制度──『土木学会選奨土木遺産』。顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的に、500件を超える構造物が認定されています。
コンコムでは、たくさんの土木遺産の中から、最寄り駅から歩いて行ける土木遺産をピックアップし、「土木遺産を訪ねて─歩いて学ぶ歴史的構造物─」を不定期連載します。駅から歴史的土木構造物までの道程、周辺の見どころ等、参考になれば幸いです。
みなさんも旅のついでに少しだけ足を延ばして、日本の土木技術の歴史にふれてみてはいかがでしょうか。

File 13

羽村はむら取水堰しゅすいぜきなげ渡堰わたしぜき)/東京都羽村市】

羽村取水堰(投渡堰)銘板
認定年平成26年度(2014年度)
所在地東京都羽村市
竣工明治42年(1909年)
羽村取水堰(投渡堰)

Start

今回の歩いて学ぶ土木遺産は、羽村駅から土木遺産「羽村取水堰(投渡堰)」をめざす行程です。出発地点はJR青梅線羽村駅。取水堰は多摩川方面の西口から向かいますが、まずは東口駅前にある史跡を見学です。

写真1)羽村駅東口

写真1)羽村駅東口

Point 1

羽村駅東口を出てすぐ右手のスーパーの角を曲がると、五ノ神社境内に東京都史跡「五ノ神まいまいず井戸」があります。「まいまいず」とはかたつむりのことで、すり鉢状に掘られた窪地の中心にある井戸に向かってらせん状に降りていく道が、かたつむりに似ていることからつけられた名前だそうです。(写真左奥の入口から時計回りに一周半降りると井戸に着きます。)

写真2)まいまいず井戸

写真2)まいまいず井戸

「まいまいず井戸」が多く掘られた武蔵野台地は、多摩川によって形成された扇状地の上部に火山灰が降り積もってできています(関東ローム層)。地下水脈が深く、表層部の地質が脆いことから、真っすぐに深く掘る技術のない時代(鎌倉時代に造られたと推定)に、当時の技術者が知恵を絞って考案された土木技術といえます。見学できる「まいまいず井戸」は数が少ないため必見です。

Point 2

「まいまいず井戸」を見学した後は羽村駅の連絡通路を渡り、西口から多摩川方面に向かいます。駅前の道を200m程直進すると、左手に羽村市観光協会があったので立ち寄りました。羽村市に関するさまざまなパンフレットや地図があるので、周辺を散策する際に役立つでしょう。

観光協会を過ぎ、新奥多摩街道(東京都道29号立川青梅線バイパス)との交差点を横断すると、ここから多摩川まで下り坂になります。この高低差が「まいまいず井戸」が造られた理由かと考えながら下っていくと、坂の途中、右手にある稲荷神社の石垣に「馬の水飲み場跡」がありました。坂下に住む農家さんが、坂上の畑への往来に利用した荷馬車の馬のために湧水を利用してつくられたそうです。散策していると、東京都や羽村市の教育委員会による史跡等の説明板が数多く設置されていて勉強になります。

写真3)馬の水飲み場跡

写真3)馬の水飲み場跡

Point 3

坂道を降りて公民館前を左に曲がると水の音が聞こえてきます。多摩川と「羽村取水堰」「玉川上水」に到着です。「多摩川」と「玉川上水」の分岐点にある広場までは階段で降りることができますが、横断歩道がないため奥多摩街道(東京都道29号立川青梅線)を渡る際は少し注意が必要です。

「羽村取水堰(投渡堰)」が目的の土木遺産ですが、まずは「玉川上水」について触れておかなければなりません。「玉川上水」は承応2年(1653年)、江戸の人口増加に伴う水不足に対応するために開削された導水路で、「羽村取水堰」から四谷大木戸(※大木戸とは江戸内外の境界に設置された簡易な関所で、現在の新宿区四谷に設けられていた。)までの全長43kmをわずか92mの標高差で自然流下させました。工事を請け負った庄右衛門、清右衛門兄弟はわずか8ヶ月でこの工事を完成させ、その功績から「玉川」の姓を受け、永代の水役を任じられた(参照:東京都水道局HP)そうで、広場内には玉川兄弟2人の像が上水と堰を見守るように建っています。
近隣には当時の上水・堰の管理役場であった「羽村陣屋跡」、完成当時に水神宮として建立された「玉川水神社」などの見どころも存在します。

写真4)第2水門と玉川上水

写真4)第2水門と玉川上水

写真5)取水堰と玉川上水

写真5)取水堰と玉川上水

ところで、「玉川上水」は「多摩川上水」とは表記されません。当時、「玉川上水」の水は将軍家が飲む水であることから「玉」の字を当てたなどの諸説あり、その理由は定かではないそうです。

Goal

さて「羽村取水堰(投渡堰)」です。「羽村取水堰」は、左岸側にある「投渡堰」と右岸側にあるコンクリート造りの「固定堰」で構成されていますが、選奨土木遺産に指定されているのは「投渡堰」です。

「羽村取水堰」は「玉川上水」が開削された際、多摩川の水を取り込むために造られました。現在の堰は明治42年(1909年)に造られたコンクリート製ですが、当時造られた木製の堰とその機能・管理方法はほぼ同じだそうです。現在の堰は4つのコンクリート製の支柱の間(13m)に鋼製の桁を渡して杉丸太をたてかけ、横に差込丸太、木の枝を束ねた粗朶(そだ)、砂利等を敷き並べて、せき止めた多摩川の水を上流側にある第1水門から玉川上水に取り込んでいます。多摩川の増水時、水位が2.1mになると、3門の鋼製桁を順番にはずし、丸太や砂利を流すことで堰の破壊を防ぎ、水が静まると再び設置するそうです。この仕組みが『投渡木(なぎ)』と呼ばれる全国でもここにしか残っていないと言われる技術で、土木遺産に指定された理由の一つでもあります。なお、過去には3回、4回と投渡木が行われた年もあったそうです。

堰前の広場には土木学会選奨土木遺産の銘板の他、牛枠(水の勢いを弱め、堤防の決壊を防ぐ治水技術の一つ。固定堰ができる前に使用されていた)の実物も展示され、休憩用のベンチもあり、土木の広報に活用できる良いロケーションだと感じました。
堰の下流にある羽村堰下橋を渡り、多摩川沿いに上流へ500m程歩くと、羽村市郷土博物館にたどり着きます。こちらには「玉川上水」等に関する展示もあるので、社会科見学の定番コースなのかもしれません。

写真6)取水堰と第1水門(右側奥)

写真6)取水堰と第1水門(右側奥)

図1)投渡堰のイメージ図

図1)投渡堰のイメージ図

写真7)取水堰と銘板

写真7)取水堰と銘板

Topics

今回のGoal地点は「羽村取水堰(投渡堰)」ですが、「玉川上水」沿いも少し歩いてみました。緑豊かで木陰が心地よく、近隣の方が散歩道として活用されているようでした。東京都の9市3区にわたる「玉川上水」沿いは遊歩道や緑道として整備されている区間が多く、何日かに分けて踏破する方もいるようです。
後日、「玉川上水」の終点、四谷大木戸跡を訪れてみました。交差点の一角にある「四谷大木戸」の碑の近隣には、水番所跡地として高さ4m以上もある記念碑「水道碑記(すいどうのいしぶみのき)」が建っていました。「玉川上水」の水は、ここから木碑や石碑といった水道管を地下に巡らせ、江戸の市中に通水していたそうです。壮大な土木事業である「玉川上水」も、散策等をしている方が『土木』に触れる場として上手に活用できれば良いと感じました。

Album

  • まいまいず井戸近影

    まいまいず井戸近影

  • 羽村市観光協会(案内所)

    羽村市観光協会(案内所)

  • 堰近影

    堰近影

  • 牛枠

    牛枠

  • 玉川兄弟の像

    玉川兄弟の像

  • 羽村堰下橋

    羽村堰下橋

  • 羽村陣屋跡

    羽村陣屋跡

  • 玉川水神社

    玉川水神社

  • 玉川上水(堂橋より撮影)

    玉川上水(堂橋より撮影)

  • 玉川上水(新堀橋より撮影)

    玉川上水(新堀橋より撮影)

  • 四谷大木戸跡

    四谷大木戸跡

  • 水道碑記(すいどうのいしぶみのき)

    水道碑記(すいどうのいしぶみのき)

Map

地図

地理院地図をもとに当財団にて作成

【今回歩いた距離:約2.2km JR羽村駅~羽村取水堰~玉川上水(新堀橋まで)】

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