土木学会が平成12年に設立した認定制度──『土木学会選奨土木遺産』。顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的に、500件を超える構造物が認定されています。
コンコムでは、たくさんの土木遺産の中から、最寄り駅から歩いて行ける土木遺産をピックアップし、「土木遺産を訪ねて─歩いて学ぶ歴史的構造物─」を不定期連載します。駅から歴史的土木構造物までの道程、周辺の見どころ等、参考になれば幸いです。
みなさんも旅のついでに少しだけ足を延ばして、日本の土木技術の歴史にふれてみてはいかがでしょうか。
認定年 | 平成26年度(2014年度) |
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所在地 | 茨城県水戸市 |
竣工 | 昭和7年(1932年) |
今回の歩いて学ぶ土木遺産は、JR水戸駅からスタートし、土木遺産である水戸城「大手橋」へ向かう行程のうち、水戸城三の丸跡に隣接する土木遺産「水戸市低区配水塔」までの行程を前編として紹介します。JR水戸駅から水戸城跡を散策するには、水戸市観光課発行の「水戸学の道」散策マップに掲載されている「光圀(義公)ルート」、「斉昭(烈公)ルート」、「慶喜(将軍)ルート」の3つのおすすめルートが参考になりますが、そのいずれのルートにも「スタート&ゴール」として示されている北口ペデストリアンデッキの「水戸黄門と助さん格さん」像を今回のスタート地点としました。水戸駅を利用する方は見慣れているようですが、県外からの方たちなどには、水戸に着いたら最初の記念撮影をするフォトスポットとして有名になっているようです。
スタート地点に立つと、すぐ横に「お休み処」が整備されていますが、そこには水戸の伝統工芸品である水府(すいふ)提灯が3つ設置されています。「水府」とは江戸時代の水戸の異称であり、「一本掛け」という独自手法と、丈夫で水に強い「西ノ内和紙」を用いたこの提灯は、力強く引っ張っても型くずれしない特徴を持っています。もとは水戸藩の下級武士の内職から始まったとされるそうですが、水戸市は岐阜県岐阜市(岐阜提灯)・福岡県八女市(八女提灯)と並び日本三大提灯産地と称されています。なお設置されている水府提灯は、葵の御紋を配した高さ120cm、径75cmの提灯で、夕方からは写真のようにライトアップもされますので、見ごたえがあります。
土木遺産「水戸市低区配水塔」へは、JR水戸駅から北に進むのが近いのですが、少し寄り道をして、北西方向に位置する水戸東照宮に向かいます。水戸東照宮は、元和7年(1621年)4月に水戸藩初代藩主の徳川頼房公が、父の家康公をこの地に祀ったのが始まりとされており、令和3年(2021年)に創建400年を迎えました。東照宮の地は少し小高いところにあり、南側には約60段の階段が待ち構えています。東照宮社殿はもとより、境内に置かれた常葉山時鐘(二代藩主光圀公の命によって鋳造された銅鐘。市指定文化財。)、安神車(九代藩主斉昭公の命によって作られた戦車。市指定文化財。)等も歴史を感じさせてくれます。なお水戸東照宮では毎年4月17日に例大祭が行われますが、その祭りを見て作られた野口雨情の詩「その夜」が刻まれた碑も境内に置かれています。(野口雨情生誕百年記念として昭和58年(1983年)に設置されました。)また水戸東照宮のお膝元(階段下)には、北東-南西方向に宮下銀座と呼ばれるレトロな商店街があり、多彩な飲食店が軒を連ねています。
水戸東照宮の東側の階段を約40段降り、国道50号の銀杏坂交差点に出ると、大銀杏が目に飛び込んできます。この大銀杏は水戸の戦後復興のシンボルであり、末永く続く平和の象徴として、今も市民の心のよりどころとなっていると聞きます。昭和20年(1945年)8月2日、終戦間際の空襲により、水戸市街地はほとんど焦土と化し、この銀杏の木も黒焦げとなってしまいましたが、戦後まもなくして新しい芽が息吹き、その生への力強さは多くの市民に感動と勇気を与えたとのことです。大銀杏で平和の尊さに思いをはせた後、旧銀杏坂を登っていきます。銀杏坂の名は、銀杏の木の脇を通る坂であったことが由来とされていますが、明治19年(1886年)の大火をきっかけに旧城下町の改造が行われ、明治20年(1887年)に新道(現在の銀杏坂。国道50号)が開通したため、現在は旧の名がついています。
旧銀杏坂を登りきると、水戸城三の丸跡地の入口で、往時を偲ばせる冠木門(かぶきもん)に突き当たります。冠木門とは「左右の柱の上部に一本の木を貫き通しただけの屋根のない簡単な門」のことを言うそうですが、この水戸城の冠木門は水戸市立三の丸小学校の門として利用されています。小学校の瓦葺き漆喰の白壁塀や門前の通りは、水戸市により弘道館(斉昭公が天保12年(1841年)に開設した旧水戸藩の藩校。次回の後編にて詳述)・水戸城周辺の「三の丸歴史ロード」の一環として整備されており(昭和63年(1988年)竣工)、電線が地中化されていることもあって城下町の雰囲気を十二分に感じさせてくれます。なお冠木門近くには、平成元年度(1989年度)に当時の建設省から「手づくり郷土賞」を、歴史をいかした街並み30選として受賞した銘板も設置されています。
冠木門の三叉路を左に曲がり、白壁塀を右手に見ながら300m程北西方向に直進し、突き当たりを右に曲がってさらに東北方向にしばらく進むと、水戸城を防衛した土塁や深くて広い堀の一部(順に南堀・中堀・北堀と呼ばれており、この堀は当時も今も空堀です。)が見えます。水戸城は北を那珂川、南を千波湖(現在は偕楽園の南東に位置する周囲約3kmのひょうたん形の湖ですが、当時は城の南側(JR水戸駅あたり)一帯まで拡がっていました。)に挟まれた日本最大級の土造りの城になります。大規模な土塁とともに、城の西側には五重の堀、東側の低地には三重の堀を設けて堅固な防衛線を築いていました。石垣を構築する計画は何度かあったようですが、築かれることはなかったそうです。なお水戸城は、平安時代末から鎌倉時代初期に馬場氏によって建てられた館に由来しており、慶長14年(1609年)に頼房公が水戸に封じられて以来、徳川御三家である水戸徳川家35万石の居城として発展してきました。
さらに通りを東北方向に進むと真正面に水戸東武館があります。この水戸東武館は、明治維新後、滅びゆく武士階級とともに武士道精神までが衰退していくことへの「士風の喪失の憂い」から明治7年(1874年)に創設された道場で、水戸藩の伝統である「文武不岐」(学問と武道は別物ではなく、学問を極め何が正しいかを知ることは、武道のきびしい修練を積み人として向上することに通じる。その逆も同じことをあらわす、の意)を掲げ、いずれも水戸市指定文化財(無形文化財)である北辰一刀流、新田宮流抜刀術、等の武芸を伝えています。また道場と正門及び塀は、水戸空襲により焼失していましたが、昭和28年(1953年)に再建され、随所に意匠を凝らした重厚な建造物として水戸市指定文化財となっています。中に入ることはできませんでしたが、外から見るだけでも当時の風情が伝わってきます。
水戸東武館の南東隣にあるのが土木遺産「水戸市低区配水塔」です。良質な水道水を市民に供給するために昭和7年(1932年)に造られたもので、高さ21.6m、直径11.2mの円筒形のコンクリート製です。塔の中央にはバルコニー風の回廊がせり出し、それを境に正面上段2箇所等にある窓にはレリーフが彫られています。また1階入口の上部にはゴシック風装飾も施された意匠が特徴です。竣工以来、配水塔として機能してきましたが、平成11年度(1999年度)をもってその役割を終えています。なお、昭和60年(1985年)には近代水道百選に選ばれ、平成8年(1996年)には登録有形文化財(文化庁)にも指定されています。中に入って見ることはできませんでしたが、「鋼製水槽を内蔵する鉄筋コンクリート造りの水道配水塔で、外壁には装飾が施され、近代水道にかける市民の思いが込められた施設」との土木遺産コメントにある通り、その大きさ、外観を見るだけで、当時から相当目立った建物で、多くの市民の目に留まるお洒落な施設であったことは想像に難くありませんでした。
今回は、土木遺産「水戸市低区配水塔」までの散策でしたが、水戸城跡周辺には「水戸学への道」と記した案内看板が多数設置されているほか、数多くの施設の脇にはわかりやすい説明看板が設置されており、光圀公の「大日本史」編纂から幕末の斉昭公らの「尊王攘夷」論に繋がる水戸学の歴史を噛みしめながら迷うことなく快適に散策できるように整備されています。今回歩いたコースは約1.5kmで、ゆっくり歩いても1時間程度で見て回ることができます。なお、Goalの「水戸市低区配水塔」に隣接する水戸城三の丸跡地とその南東に位置する二の丸跡地とをつなぐ「大手橋」も土木遺産(平成22年度(2010年度)選定)ですので、次回は後編として「水戸市低区配水塔」から「大手橋」までを巡るコースを紹介する予定です。
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