土木遺産を訪ねて 最寄り駅から歩いて行ける土木学会選奨土木遺産を紹介。周辺の見どころ等、旅の参考にしてください。

木学会が平成12年に設立した認定制度──『土木学会選奨土木遺産』。顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的に、すでに400を超える構造物が認定されています。
コンコムでは、たくさんの土木遺産の中から、最寄り駅から歩いて行ける土木遺産をピックアップし、「土木遺産を訪ねて─歩いて学ぶ歴史的構造物─」を不定期連載します。駅から歴史的土木構造物までの道程、周辺の見どころ等、参考になれば幸いです。
みなさんも旅のついでに少しだけ足を延ばして、日本の土木技術の歴史にふれてみてはいかがでしょうか。

File 23

安治川トンネル

【安治川トンネル】

認定年平成18年度(2006年度)
所在地大阪市此花区~大阪市西区
竣工昭和19年(1944年)
施設管理者大阪市建設局
選定理由戦前唯一の道路用河底トンネルで、日本最初の沈埋トンネル工法によって建設された。現在も歩行者のみではあるが使用されている。

Start

今回の歩いて学ぶ土木遺産は、「JR大阪環状線西九条駅」から土木遺産「安治川トンネル」へ向かう行程です。「駅舎」そのものが土木遺産に選奨されている「大阪メトロ御堂筋線の心斎橋駅」を除けば、これまで紹介した土木遺産の中で、最寄駅からもっとも近いものです。「JR西九条駅」へは「大阪駅」からわずか3駅。時間にして約6分。阪神なんば線を使っても「大阪難波駅」から4駅で到着します。訪れやすさという点でも指折りの場所といえます。

Point 1

「西九条駅」を出て、目の前を走る大通りを左に進みます。実はすでにここから僅かに「安治川トンネル」の入口が見えているのですが、「安治川トンネル」は河底に造られたトンネルなので、トンネルの姿は地上からは見ることが出来ません。正しくは入口のある建物が見える、ということです。

写真1)西九条駅から見えるトンネル入口の建物

写真1)西九条駅から見えるトンネル入口の建物

Point 2

歩くこと約300m。わずか3分程度で「安治川トンネル」の北側入口に到着です。建物の正面左手、黄色の丸で囲んだところが自動車専用のエレベータです。現在は歩行者と自転車専用のトンネルとなっているため、自動車用エレベータは使われていませんが、昇降のサインは当時のまま残っています。歩行者と自転車は右手の赤い丸で囲んだエレベータで昇降します。通行料は無料。エレベータの運行時間は朝6時から深夜0時まで。歩行者は24時間、右端の階段で降りることもできますが、狭く暗いので夜間は注意が必要です。平日の昼間の時間帯でも、ひっきりなしに利用者がいました。多い時は、一度に乗り切れずに、待つこともありそうです。

写真2)トンネル入口

写真2)トンネル入口

写真3)使用されていた当時のままの昇降サイン(自動車用エレベータ)

写真3)使用されていた当時のままの昇降サイン(自動車用エレベータ)

Goal

エレベータに乗り込んで約12秒(頭の中でカウント)。トンネル内に到着です。トンネル内は少し薄暗く、真夏にも関わらず涼しく感じられました。通行は左側通行が徹底されていて、歩行者も自転車も一列に並んで進みます。自転車の方ももちろん自転車から降りて押しながら歩きます。
約80m歩くと反対側(南側)の出口へ昇るエレベータに到着。安治川トンネルの探訪は終了です。

写真4)トンネル内部は左側通行

写真4)トンネル内部は左側通行

「安治川トンネル」の概要

ここからは、大阪市建設局の資料、一般社団法人 建設コンサルタンツ協会が発行している「日本の土木遺産」をもとに「安治川トンネル」の概要を紹介します。

【安治川トンネルの計画】

「安治川トンネル」は日本初の沈埋(ちんまい)トンネルで、昭和10年(1935年)に着工。昭和19年(1944年)に開通しました。トンネルの長さは80.6m、幅11.4m(車道:4.5m×2 ※現在は廃止、歩道:2.0m)、深さ16.94m。工事費は約260万円(現在の貨幣価値に換算すると約70億円とのこと)だったそうです。安治川は旧淀川の河口部にあたり、古くから物資輸送の大動脈として多くの船が往来していました。さらに大阪の工業化が進むにつれ、往来する船舶も大型化・高速化が進み、河口部付近には橋を架けることができませんでした。一方、陸上では自動車による交通需要が拡大し、安治川を横断する道路の必要性が高まったことから、自動車の通行が可能な「河底トンネル」が計画されました。

図1)安治川トンネル断面図(大阪市建設局提供)

図1)安治川トンネル断面図(大阪市建設局提供)

【開通当時の安治川トンネル】

開通当時の安治川トンネルは、両岸に歩行者用エレベータ、車両用エレベータ各2基と歩行者用階段が備えられていました。一般社団法人 建設コンサルタンツ協会が発行している「日本の土木遺産」によると、トンネルの利用が最も活発だった昭和36年(1961年)の1日の交通量は、歩行者約8,500人、自転車約4,600台、自動車約1,200台とされています。当時も歩行者と自転車の通行は無料。自動車は維持費の一部として使用料を徴収していたそうです。
その後、下流側に国道43号「安治川大橋」が開通し、トンネルの車両通行量が減少。また、車両用エレベータの老朽化やトンネル内の排気ガス、エレベータ付近での利用者渋滞が問題となり、昭和52年(1977年)に車両用トンネルは閉鎖されました。

【安治川トンネルの技術】

「安治川トンネル」が計画された時代には、河底トンネルはほとんど造られた例がなく、また、船舶の航行が激しい場所での施工という点でも画期的な工事であったといえます。技術面でも当時の先端技術が数多く採り入れられています。
エレベータを設置する建物の基礎は、圧搾空気で地下水の湧出を防ぎながら掘り下げ、鉄筋コンクリートの箱を沈めていく『圧気潜函(あっきせんかん)工法』が使われました。
トンネルの主要部分は、造船所のドックで製作された鉄骨鉄筋コンクリート製の沈埋函(ちんまいかん)を船で運び、河底に掘った溝に埋める『沈埋(ちんまい)工法』で造られました。

写真5)圧気潜函工法の様子(大阪市建設局提供)

写真5)圧気潜函工法の様子(大阪市建設局提供)

Topics

今回の探訪は、最寄駅から近かったこともあり、周りの見どころを紹介することができませんでした。代わりに、近くの観光スポットから「安治川トンネル」を訪れるルートを紹介します。

【USJから約10分】
関西の有名観光スポットといえば「USJ/ユニバーサルスタジオジャパン」。ここからも簡単に安治川トンネルに向かうことができます。「USJ」の最寄り駅はJRゆめ咲線「ユニバーサルシティ駅」。ここから「西九条駅」までは2駅、5分です。「西九条駅」での乗り換えの際に、ちょっと足を伸ばすだけで訪れることができます。

写真6)USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)

写真6)USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)

【京セラドーム大阪から約20分】
周辺の観光スポットとしては「京セラドーム大阪」もあります。野球観戦やコンサート等で訪れたことのある方も多いでしょう。ここからも歩いて「安治川トンネル」へ向かうことができます。
「京セラドーム大阪」の北口階段を下ってショッピングモールの裏を道沿いに歩きます。約500m進むと国道172号(みなと通り)にぶつかります。この大通りの向かい側には「ナインモール九条商店街」があります。この商店街はその昔、『西の心斎橋』とも呼ばれたほど賑わっていたそうです。今もなお大小さまざまな商店が軒を連ねています。
商店街を抜け、大阪メトロ中央線「九条駅」をくぐると、そこにはもうひとつの商店街「キララ九条商店街」が待っています。こちらは少しレトロな商店が並んでいます。ふたつの商店街は併せて約1.0km。お店を見ながら歩けば、あっという間です。どちらの商店街もアーケードになっていますので、雨の日も安心です。「キララ九条商店街」を抜けた交差点の名前は「源兵衛渡(げんぺいわたし)」。これは、「安治川トンネル」ができる前にあった渡し船「源兵衛渡」の名残りだということです。交差点の先が「安治川トンネル」の南側入口となります。

写真7)京セラドーム大阪

写真7)京セラドーム大阪

写真8)ナインモール商店街

写真8)ナインモール商店街

写真9)キララ九条商店街

写真9)キララ九条商店街

写真10)源兵衛渡交差点

写真10)源兵衛渡交差点

おわりに

「安治川トンネル」が開通した昭和19年(1944年)といえば、終戦直前のころ。この時期にこれだけの技術を要する河底トンネルを建設したこと。また、空襲等の被害に遭わず現在まで残ったことも驚きです。

Map

地図

出典:地理院地図

【今回歩いた距離:約0.3km JR西九条駅~安治川トンネル(北側入口)】

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