現場探訪 優れた工事成績評定の現場、話題の新技術、人材確保に役立つ情報をレポート

話題の現場

2024/03/01

「史跡」及び「名勝」嵐山における可動式止水壁による左岸溢水対策
全建賞・グッドデザイン賞・土木学会デザイン賞を受賞

左:現風景 右:渡月橋と嵐山

(国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所(以下、「淀川河川事務所」という。)提供)
※ 本稿において、図・写真番号の後ろに「※」を記載しているものは、淀川河川事務所よりご提供いただいたものです。

1.はじめに

今回の現場探訪(話題の現場)は、令和5年度において、令和4年度全建賞((一社)全日本建設技術協会))、グッドデザイン賞2023((公財)日本デザイン振興会)、土木学会デザイン賞2023優秀賞((公社)土木学会)の3賞を受賞した、「嵐山左岸溢水対策」です。
この現場は、文化財保護法上の「史跡」及び「名勝」に指定された、四季折々の美しい景観を有する「桂川嵐山地区」において、日本を代表する観光地の優れた景観を損なうことがないよう、「可動式止水壁による左岸溢水対策」という前例のない治水対策が実施されたもので、その優れたチャレンジ・工夫が大きく評価されています。
今回は、いつものような施工者にお聞きする形はとらず、この溢水対策を計画・設計し、工事を発注した淀川河川事務所に伺い、計画担当の有本さん(流域治水課長)、工事担当の文字(もんじ)さん(地域防災調整官)に、「可動式止水壁による左岸溢水対策」を実施した背景、実施内容、工夫等についてお聞きしました。

写真1)有本さん(左)と文字さん(右)

写真1)有本さん(左)と文字さん(右)

2.取り組みの概要

工事概要 (施工年度:令和元年度~3年度)
可動式止水壁 施工延長 約260m(高さ:特殊堤部0~約60cm、止水壁80cm)
扉体:アルミパネル+ステンレス支柱
スイングゲート 延長約8m (高さ:80cm)
形式:アルミ合金製片開きゲート
河川護岸 施工延長 約260m
形式:自然石野面石積護岸(背面アンカー一体型石積み工法)
法勾配: 1:0.3   石の大きさ:φ300mm内外
歩道 施工延長 約275m(幅員:約2~5m)
舗装:石材

Q.今回の溢水対策の概要(目的・実施経緯) について簡単にご説明ください。

<可動式止水壁の仕組み>

溢水対策を実施した嵐山地区は、淀川河川事務所が管理する一級河川桂川の最上流に位置する箇所です。この地区は堤防の高さが不足していたことから、平成16年の台風23号洪水(九州から関東にかけて広範囲に大雨をもたらした台風。近畿地方では円山川、由良川等で氾濫し、水没した観光バスの屋根に乗客が避難して無事に救助されたことも大きく報道された。)で溢水し、中之島が浸水する等の大きな被害が発生しました。このため、平成24年から当地区の河川整備について検討を開始しましたが、平成25年にさらに大きな浸水被害が発生しました(浸水戸数93戸)。このため、河道内の堆積土砂の掘削や、渡月橋下流に位置する6号井堰の撤去を行いましたが、さらなる抜本的な改修に関して、地元の皆様からご意見を伺う「桂川嵐山地区河川整備地元連絡・検討会」、学識経験者及び有識者の方からご助言をいただく「桂川嵐山地区河川整備検討委員会」を随時開催しながら、国・京都府・京都市で構成する「行政三者会議」で景観や利用に配慮した対策を検討し、「可動式止水壁による左岸溢水対策」、「堰改築を含む派川改修」、「一の井堰改築」の3つの治水対策について設計、検討を進めることを決定しました。可動式止水壁による左岸溢水対策は、このなかで最初に実施したものです。

写真2※ 嵐山地区概観(平成24年)

写真2※ 嵐山地区概観(平成24年)

図3※ 平成25年の浸水範囲

図3※ 平成25年の浸水範囲

写真4※ 当面の治水対策

写真4※ 当面の治水対策

溢水対策の方法について、事業者としては早期着手が可能な「道路の嵩上げ+固定式止水壁」案を当初提示しましたが、地元の皆様から、眺望阻害の観点から「景観に溶け込むような構造にできないか」等のご意見をいただきました。

また京都府及び京都市の各文化財保護課(以下、「文化財部局」という。)からも、「史跡」及び「名勝」としての価値を損なわないような整備を求められていたため、現地で嵩上げ後の高さを再現した実物大のパラペット模型を設置して眺望を確認しました。その結果、

◯左岸沿いの店舗の玄関から桂川を望むと、水面がほぼ見えなくなり、山と川のコントラストが損なわれる

◯道路高を嵩上げし、さらにパラペットを整備すると店側から見た場合、圧迫感がある

写真5※ 実物大模型による影響確認

写真5※ 実物大模型による影響確認

等の影響の大きさを事業者としても実感・認識できたことから、平常時は収納し、洪水時に限って起立する可動式止水壁の整備を行うこととしました。

なお、既存のコンクリート構造の特殊堤の高さを踏まえ、眺望の阻害とならない計画高水位(H.W.L.)までは自立式特殊堤とし、それ以上となる部分は可動式止水壁として整備することを基本方針としました。

全国初となる「垂直起立型の可動式止水壁」の仕組みや、開発の経緯・試行錯誤した内容、特長などを教えてください。

<可動式止水壁の仕組み>

可動式止水壁は、平常時は河川護岸内に扉体を格納しておき、洪水時に垂直に立ち上げて堤防としての高さを確保する、という機能を持つものです。渡月橋の上流から約260mの区間に設置しており、洪水時には、可動式止水壁整備区間上流端に設置した約8mの長さのスイングゲートを閉めることと併せて、溢水を防止します。

写真6※ 整備内容

写真6※ 整備内容

扉体の大きさは、長さ2m、高さ1mで、材質はアルミになります。洪水時には可搬式の油圧ユニットから油圧シリンダーに油圧を送ることで扉体を起立させます。高さ1mのうち、約80cmが扉体単独の止水壁となる形で、扉体の下部約20cmは護岸に収納している戸袋に隠れたままになります。なお、洪水による外力は、扉体両側にある支柱で受け止める構造となっています。

止水壁の起立時には、止水壁を一つおきに、その両側にある支柱と併せて起立させます。その後、支柱の間の止水壁を起立させて、連続した止水壁を作る形になります。この溢水対策で採用した「支柱への後面水密構造」は、止水壁と支柱が分離していることにより、隙間が多くとれるため、スムーズな操作が可能であるという利点があります。なお、洪水の水圧が止水壁にかかると、止水壁が支柱に押し付けられてこの隙間は解消され、水密性が確保されますので、止水壁の間から洪水が溢れることはありません。 また水位上昇による止水壁にかかる水圧が高くなればなるほど、止水壁がより強く支柱に押し付けられるので、水密性がより高くなります。水密実験では支柱用水密ゴムと下部水密ゴムの間の隙間から漏水が生じる問題が発生しましたが、隙間に止水栓(水を吸収すると膨張する水膨張不織布を使用した止水栓)を差し込んで隙間を充填することで、解決しました。

図7※ 止水壁(上:油圧ユニットによる起立イメージ、
中:構造概要、 下:上面図)

写真8※ 止水栓(左:差し込み箇所、右:栓)

写真8※ 止水栓(左:差し込み箇所、右:栓)

なお、油圧ユニットは4基あり、洪水時に格納庫から搬出して使用します。4班(1班3人体制)に分かれて起立させることができ、設置時間は当初は4時間ほどかかっていましたが、今では2時間ほどとなっています。また、止水壁の重量は約150kgと軽量化しており、機械的な不具合により油圧シリンダーによる立ち上げ操作が困難な場合には、可搬式ジブクレーンにより止水壁を引上げることとしています。

真9※ 油圧ユニットと格納庫

写真9※ 油圧ユニットと格納庫

<スイングゲートの仕組み>

止水壁の最上流部は、嵐山公園亀岡地区への通行を阻害しないよう、洪水時のみ閉鎖する陸閘(スイングゲート)を設置しました。

なお、可動式止水壁の下流部は、渡月橋にむかって市道が登り坂になるため、陸閘は設置していません。

スイングゲートは、延長約8m、高さ80cmのアルミ合金製片開きゲートで、洪水時は150度ほど回転させて閉鎖します。水位上昇により水圧が高くなると、スイングゲートと支柱の水密性が高くなります。

なお、平常時にスイングゲート前面には、景観との調和のため木柵を設置しており、スイングゲートを回転させる際には、分割して撤去できるように工夫しています。

図・写真10※ スイングゲート(上:構造、下:開閉状況)

図・写真10※ スイングゲート(上:構造、下:開閉状況)

(参考)【動画】可動式止水壁の概要:淀川河川事務所HP掲載
https://www.youtube.com/watch?v=xfJm7Ky5Bv4
※動画(約2分30秒)の1:05~1:35の約30秒間が、止水壁起立とスイングゲートの映像

<開発時に試行錯誤した内容>

開発時に行った様々な検討・試行錯誤のうち、以下に代表的な3点を示します。

① 可動式止水壁の構造型式
構造形式の選定に際しては、回転起立式との比較検討を行いました。回転起立式は、平常時は止水壁を特殊堤の上にかぶせておき、洪水時には止水壁を回転させながら起立させる方式です。水密性の高さや、シンプルな構造という利点がありましたが、止水壁を平面的に格納することにより、新設の特殊堤の幅が、既設の特殊堤の幅(約30cm)を大幅に超え、歩道幅が狭くなるというデメリットがあることから不採用としました。

図11※ 回転起立式止水壁

図11※ 回転起立式止水壁

② 止水壁の昇降装置
可動式止水壁の収納幅は、既設の特殊提の幅から大幅に広がらないよう、約30cmに収める必要があったことから、昇降装置の形式、設置場所について検討を実施しました。検討は、操作性、信頼性、維持管理性の面から評価しました。
まず、「ラック装置内蔵式(人がハンドル操作を行って、戸袋内から止水壁を上昇させる構造)」は、ギア部分に異物が噛み込むと止水壁が上昇できなくなる恐れがあるため、操作の信頼性の評価が低くなり、不採用としました。なお、評価の際には、簡易な試験機を作成して、異物嚙み込み時の操作に関する試験を行っています。
また、「クレーン付きトラックによる引き上げ形式」は、吊り上げフックを止水壁中心の適切な位置で引上げないと止水壁が傾いて支柱に引っ掛かり操作に支障が出ることや、止水壁や支柱が変形する危険性が大きい、というデメリットがありました。また止水壁の引上げ、収納時には歩道部分にトラックを駐車する必要がある、という難点もあったことから、この形式も不採用としました。

図12※ ラック装置内蔵式イメージ図

図12※ ラック装置内蔵式イメージ図

図13※ クレーンによる引上げイメージ図

図13※ クレーンによる引上げイメージ図


なお、採用した「油圧シリンダー内蔵式・可搬式油圧ユニット外付け形式」は、昇降装置のうち、点検項目が少ない油圧シリンダーのみを戸袋に内蔵し、点検項目が多い動力部分(電動機、油圧ユニット、制御部分)を可搬式としたもので、油圧シリンダーを止水壁に固定しているため上昇下降時に傾くことが無く、操作の信頼性が高いだけでなく、レバーにより操作するので操作性も良いと評価しました。

③ 「意匠」
平常時に存置する特殊堤の意匠については、極力目立たず、かつ周辺の歴史的な雰囲気との調和を図ることに傾注しました。特に、川裏(民家側)の意匠は、特殊堤部分のみではなく、隣接する歩道も含めて一体的に検討しました。意匠については、使用する石材や立面パネルなどの材料選定の段階から、他の景勝地の整備事例や京都市作成の「京のみちデザインマニュアル」等の文献を参考にしながら材料サンプルを選定しました。 その後、現地でそれらの材料サンプルを見ながら、地元の方々や、学識経験者及び有識者、文化財部局と意見交換を行い、使用材料に関する方向性を確認しました。また、川表側(川側)の護岸は、「史跡」及び「名勝」の指定当時の絵葉書を参考に、野面石積みの復元を目指しました。


なお、意匠決定前には、試験施工を行い、色合いや表面処理を変えた特殊堤の立面や天端材、舗装材を複数パターン準備し、現地で組み合わせながら確認するとともに、川側の石積みは、石の形状・色合い・積み方の異なるものを3パターン施工し、確認しました。
この試験施工に対する地元の方々や、学識経験者及び有識者、文化財部局からのご意見を踏まえて意匠を決定し、令和元年9月初旬に文化庁長官に可動式止水壁による左岸溢水対策に関する現状変更協議書を提出し、同10月末に同意の回答を得ています。

写真14※ 材料サンプルの現地確認状況

写真14※ 材料サンプルの現地確認状況

Q 今回の止水壁に関する工事に関し、
福井鐵工株式会社さんが「嵐山地区下流可動式止水壁設置工事」により令和3年度に、 株式会社吉川組さんが「桂川嵐山地区護岸整備他工事」により令和5年度に、 それぞれ優良工事として近畿地方整備局から局長表彰を受賞されていますが、各工事において高く評価された、施工者の優れた施工内容、技術などについて教えてください。

まず、嵐山地区で工事を行うにあたり、施工条件および施工において留意しなければならない大きな課題であった、①限定された工事期間、②文化財保護の観点からの掘削範囲の限定、の2点について説明します。(もう1点の「③石積みにおける意匠の調整」は上述したのでここでは省略します)

① 限定された工事期間

嵐山地区は、年間を通して多くの観光客が訪れる名所です。観光にできるだけ支障を与えないために、紅葉が終わった12月中旬から、桜の開花前の3月中旬までの、実質3か月間しか工事を実施できないという条件であったため、工事を3年に分けて行うこととし、1年目は可動式止水壁の基礎工事(土木)、2年目は可動式止水壁の設置工事(機械)、3年目は護岸や歩道等の意匠工事を行いました。なお、1年目工事終了後から3年目工事開始前までの期間も、嵐山地区の景観をできるだけ損なわないパネルを設置する等、護岸部分の景観にも配慮しました。

図16※ 工事実施状況

図16※ 工事実施状況

図15※ 止水壁の構造区分

図15※ 止水壁の構造区分

② 文化財保護の観点からの掘削範囲の限定

止水壁を設置する範囲は、周囲も含めて埋蔵文化財包蔵地となっているため、埋蔵文化財の有無の確認を行いながら掘削を実施する必要があり、掘削範囲はできるだけ狭く施工する必要がありました。さらに、施工時の掘削範囲に関する文化財部局との事前協議においても、掘削範囲を必要最小限とするよう制限されました。このため、掘削範囲、掘削量は可能な限り少なくする方法を検討し、当初は基礎構造を大型ブロックで造ることとしていたものを、L型擁壁に変更したことで基礎構造の設置高さを浅くしたほか、掘削範囲、掘削量を約1/3に縮小しました。また掘削を設定範囲内で確実に行うため、ICT施工による掘削を実施しました。このような工夫により、文化財発掘による工事中止となることなく、予定通り、工事を施工できました。

図17※ 掘削範囲の縮小

図17※ 掘削範囲の縮小

次に施工者が実施した優れた施工内容、技術について説明します。

〇福井鐵工株式会社受賞工事(令和3年度、工期:令和2年5月~令和3年5月)

この工事は、2年目の止水壁設置工事です。止水壁設置工事は5工区に分けて実施しましたが、全体取りまとめの役割を福井鐵工株式会社が担って工事を進めたことを高く評価したものです。

写真18※ 試作機の確認状況

写真18※ 試作機の確認状況

例えば、止水壁について設計を基にプロトタイプを作成し構造の妥当性などを検証したほか、試験施工による施工手順や施工時間の検証、確認を行い、その結果を他社が引用することで、5工区が円滑に工事を完了させることができるように主体的に実施した点などです。限られた工事期間で、景観にも配慮しながら実施するという難しい工事は、詳細な検討事項は数え上げればきりがないほどです。また、施工計画も綿密に作成する必要があり、施工者は、幾多の課題・懸念を解決して施工しなければならず、相当な苦労、尽力が求められましたが、受注者はそれらを厭わず、無事に完工させましたので、高く評価して然るべきものと思っています。

写真19 止水壁が格納されている状況

写真19 止水壁が格納されている状況

〇株式会社吉川組受賞工事(令和5年度、工期:令和3年8月~令和4年7月:
ただし嵐山地区は令和4年3月まで)

この工事は、3年目の意匠工事です。意匠の設計が、止水壁、天端石、立面パネル、石畳端部、石畳舗装の目地が一連で通るものとなっており、図面上で6.7mmの非常に高い精度で設置を行う計画となっていたものを、要求通りの高い精度で施工したことを評価しました。設置時に手戻りが生じないよう、現場計測を再度細かく実施し、現場にあわせたパネルの割り付けを、CADを用いて正確に再計画した取り組みが大きな工夫でした。

現場では、その図面を用いて位置出しを行うことで、計画通りのきれいな意匠となり、かつ工期内に無事に完工できています。また意匠の施工においては、現場で連絡会議を3回実施し、有識者に施工指導を仰いだほか、見栄えを十分考えた施工を行っています。さらに、石積み護岸については、できるだけ既存の石と同じ滋賀県内の石を選んで運ぶなど、その並々ならぬ尽力は高い評価に値するものと考えています。

写真20 目地の通り

写真20※ 目地の通り

写真21 歩道

写真22※ 上:平常時
写真22※ 下:洪水時

写真22※ 止水壁(上:平常時 下:洪水時)

Q この止水壁の設置は画期的ですが、設置後に起立したことはあるのでしょうか?その時、起立にかかった時間や効果の発揮状況はどうだったのでしょうか?

令和3年7月7日に、前線による降雨予測から水位上昇が生じる恐れが発生したため、可動式止水壁設置後、初めて本番での起立操作を行いました。その後、同年8月12日、9月16日にも起立操作を行いましたが、いずれも、大きな不具合もなく可動しました(いずれも止水壁まで水位は上昇しませんでした)。可動式止水壁は河川管理施設として淀川河川事務所が管理していますが、操作は、地元公共団体の京都市に委託しています。

写真22※ 実操作状況

写真23※ 実操作状況

嵐山地区から上流の桂川流域は広いため、嵐山地区の水位上昇は、予測降雨を基にしてある程度前もって予測できることもあり、起立操作を行うことが難しい夜間・早朝に水位が上昇する恐れがあるときには、前日の夕方までに起立させる措置をとっています。なお、洪水の恐れがあるときに、止水壁が起立しないことがないよう、月1回の定期点検(京都市)及び年1回の総合点検(国)を行っています。

写真23※ 操作訓練

写真24※ 操作訓練

(参考)【動画】可動式止水壁の操作訓練(令和3年7月7日) 淀川河川事務所HP掲載
https://www.youtube.com/watch?v=gT_l791Dc0E&t=2s (約1分24秒)

Q この溢水対策は、全建賞・グッドデザイン賞2023・土木学会デザイン賞2023を受賞され、全建賞では審査委員会から評価ポイントが、土木学会デザイン賞では、選考の講評が示されていますが、受賞についてメッセージをお願いします。

上記3つの栄誉ある賞を受賞したことは誇りに思っています。また、昨年度(2022年度)も、河道掘削や護岸整備等を行った宇治川塔の島地区の河川整備事業でグッドデザイン賞2022及び土木学会デザイン賞2022を受賞しており、当事務所が2年連続で栄誉ある賞を受賞できたことを光栄に思っています。

写真25※ 各賞の表彰状など

写真25※ 各賞の表彰状など

宇治川塔の島地区の河川整備を振り返りますと、世界遺産の平等院をはじめとする文化遺産が点在し、地元住民や観光客に親しまれている地だからこそ、学識経験者や地元の方々の意見を丁寧に聞き、歴史的・文化的景観と自然環境とが調和する河川整備を行ったもので、それが結果的にデザインとして高い評価を受けたため、この賞は地域の方々と一緒に受賞したものと考えています。

写真26※ 宇治川塔の島地区

写真26※ 宇治川塔の島地区

同様に、年間約5,000万人もの観光客が訪れる観光地として名高い嵐山地区は、渡月橋上流に歴史ある料亭が立ち並び、地元事業者や住民の皆様が 「我々の嵐山」というほど景観に強いこだわりと愛着をもたれている地でもあります。したがいまして、我々が実施する溢水対策も、あくまで「眺望を阻害せず、歴史ある風景が主役となること」を目指し、学識経験者及び有識者からだけではなく、前述した桂川嵐山地区河川整備地元・連絡検討会などを通じて地域の皆様から意見をいただくなど、地域の声に寄り添い、みなさまに納得いただくまで試行錯誤を続けた、とても印象深い事業になりました。

この連携によって、景観を阻害せず操作しやすい垂直直立型の可動式止水壁での整備を導き出しただけでなく、意匠面でも、現地でのサンプル比較や試験施工を重ねたことで、川側護岸の石積みを、「史跡」及び「名勝」指定当時の昭和2年頃の配列に復元することができました。まさに歴史と景観に配慮した先進的な取り組みが実現できました。 また、紅葉の時期の終わりから桜の開花までの実質約100日という限られた期間で施工する必要があったため、事前に工場でユニット化に取り組んだことは、合理化・効率化に奏功しました。これらが総合的に評価され、各賞の受賞につながったと自負しています。 ただ、将来的に見れば、維持管理面での課題はあります。例えば可動式止水壁に設置した油圧シリンダーは230個にものぼりますが、その耐用年数は一般的におよそ20年と言われています。また20年経たなくても、故障の際にはその都度交換費用も発生するでしょう。操作への影響を考えると、日常的にアルミの天端カバー内のメンテナンスも必要となります。今は「目に見える部分」が評価されていますが、こうした維持管理面での課題解決も含めて、20年、30年先にこそ、真の評価が下されるのだと思います。

なお、繰り返しになりますが、これらの受賞は住民の方々、地方公共団体の方々と協同で取り組んだ賜物です。可動式止水壁の機能を発揮させるためには、地元自治体、地域住民の方々にもご負担がかかるのですが、そのことをご快諾いただいてこの対策が実施できたということを、ぜひ皆さんにも知って頂きたいと思っていますし、河川管理者としては、地域の方々が積極的に関わっていただいたこのような取り組みを、この嵐山地区で今後実施する2つの対策も含めて、もっと広く展開することができればと思っています。

おわりに

淀川河川事務所への取材・現地の確認は、紅葉見ごろを少し過ぎた頃に行いましたが、嵐山地区には、赤や黄に山肌が染まる美景を求め、多くの観光客が訪れていました。桂川、渡月橋、山を臨む風光明媚な地だからこそ、それら「風景が主役となるような意匠を目指した」(流域治水課長の有本さん)との言葉通り、何の違和感もなく、パラペットに腰掛けてくつろぎ、話し込む多くの人々の姿は、いつもの嵐山地区の風景が自然に現れているものでした。

写真27 いつもの風景

写真27 いつもの風景

パラペットの内部には可動式止水壁が内蔵されているという事実を知っている我々でさえ、「本当に止水壁があるのか?」と思えるほど周囲に溶け込んだ景観は「見事」としか言いようがなく、嵐山が映し出す「日本の美」が、未来永劫変わることなく続いていくことを感じさせてくれるものでした。時節柄、川側前面に群生する見事なススキに自然と視線が向かったのも、こうして可動式止水壁の仕上げや歩道舗装が景観を阻害していないことの証左であり、デザインが十分成功していることを実感したことでしたが、あまりに周囲の風景に溶け込んでいるため、この可動式止水壁による左岸溢水対策を現地で実際に確認できるのは、操作訓練の時だけに限られてしまう、というのは、土木技術者にとっては唯一寂しく感じることだと思いました。嵐山地区では今後、一の井堰改築、堰改築を含む派川改修も予定されていますが、嵐山地区の価値の保全と治水の両立が今回同様、地元と行政との密な関係をもって無事に実現されることを祈ります。

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