2022/09/01
今回の現場探訪(ICTの現場)は、令和3年度国土交通省「i-Construction大賞」を受賞した「安芸南部山系大屋大川支川渓流外砂防堰堤第2工事」です。この工事を施工された株式会社増岡組(本社:東京都。広島本店が工事を担当。)において、当工事の監理技術者であった岡田亮介さんに「ICT活用による生産性の向上」についてお聞きしました。
工事概要 | コンクリート堰堤工(垂直壁工・側壁工・水叩工各3基: V=1,600m3)、 掘削土工(V=3,000m3)、 法面工1式、 砂防堰堤付属物設置工1式 |
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発注者 | 国土交通省 中国地方整備局 広島西部山系砂防事務所 |
工期 | 令和2年4月1日~令和3年3月31日 |
受注者 | 株式会社増岡組 |
施工場所 | 広島県呉市天応東久保 |
請負金額 | 273,020,000円(税込) |
監理技術者 | 岡田亮介(オカダ リョウスケ) |
本工事は、台風7号と梅雨前線による記録的な豪雨により発生した「平成30年7月豪雨災害」において、土石流が発生した呉市天応東久保に砂防堰堤を設置する工事の一部です。土石流は呉市立天応中学校グラウンドの直上で発生したことから、中学校校舎等がある当地域の安全を一日も早く確保するため、平成30年度内に堆積土砂の撤去や仮設ワイヤーネットの設置等の応急対策を、翌令和元年度には砂防堰堤本堤(堤高:13m、堤長:76m)の設置をいずれも弊社が施工しました。中学校に上がってくる道は大型車両が何とか通れる道でしたので、現場に至るまでの工事用道路は造らなくてすみましたが、砂防堰堤の設置工事が広島県内の各所で一斉に始まったため、堰堤本堤に使用する残存型枠やコンクリートの需要が高まり、その確保に苦労する状況でした。
今回の工事はこれらの工事に引き続いて実施したもので、本堤周辺の埋め戻し、下流路整備のほか、本堤の前庭を保護するための垂直壁、側壁、水叩き(以下、「垂直壁等」という。)を各3基ずつ設置しました。なお、これらの垂直壁等を設置する縦断延長約40mの短い区間でも、高低差は約20mもあったことから、施工が難しく、工期内に工事を完成させるには施工方法に工夫を加える必要がある工事でした。
① 4か月予定であった工程の2.5ヶ月への短縮について
通常、垂直壁等の整備は上流側から順々に施工していくのですが、この現場では3次元の地形データを作成し、ラフタークレーンのモデルを重ね合わせながら、どこに据え付けてどの範囲まで施工できるか、という検討をシミュレーションしました。その結果、クレーンヤードの位置を移動させながら、バックホウと25tのラフタークレーンを用いて、一次施工は、本堤からの距離が短い関係から、一番上流の第1垂直壁等(以下、上流より第1、第2、第3という。)の床掘、第1垂直壁の整備を実施しただけですが、その後、二次施工として、第1側壁・水叩きの整備と、第2・第3の垂直壁等の床掘の同時施工を行い、三次施工として、60tのラフタークレーンを据えて、第2・第3の垂直壁等の整備を同時施工しました。その結果、当初、4か月要すると見込んだ工程を2.5ヶ月の工程で実施することができました。この工程短縮を実現できたことは大きかったと思います。
工事の施工方法は常に種々検討しますので、たとえ3次元データを作成していなくても、このような施工方法はアイデアとして出されて検討・実施に移す可能性はあったとは思いますが、3次元データを用いて具体的に検討したことによって、職人さんも含めて速やかに「この施工方法で実施可能」と明確な確信を持て、自信をもって施工を進められたことは、とてもプラスに働きました。
② 3次元データやAR(拡張現実感)による早期課題解決について
構造物等の3次元設計データをドローンにより取得した点群データに重ね合わせて、施工プロセスを検討しました。この検討段階で、「ここのスペースはこの施工段階では道路として使用可能」、「この施工段階では道路として使えないから他の動線の確保が必要」、「材料の仮置きヤードはこの施工段階ではどこに置くのが一番良いか」といったことを目視で確認できたことが、各種課題の早期解決に繋がりました。あわせて現地での掘削切り出しの位置や、構造物の位置を確認でき、完成イメージを皆で共有できたことも大きな効果でした。実際に完成した構造物と比べてみても、ARで確認した時と全く同じ位置に整備できていることがよくわかると思います。
③ 「TS3次元データの日常の施工管理への使用による生産性向上、測量拘束時間の大幅な減少」について
TSによる出来形管理は、これまでの掘削土工に加えて、構造物(残存型枠組立位置)についても行いました。今回整備した構造物の中でも、特に側壁は縦断的にも横断的にも勾配が急であるほか、側壁間の幅も縦断的に変化していくので、丁張をかけるのが難しく、また多数の設置が必要になるなど時間がかかって大変なのですが、TSで管理すれば、丁張をかける必要もなく大幅に生産性が向上しました。また従来は、常に施工断面を測量しながらチェックしていましたが、時間があるときにTSでチェックを行い、例えば「側壁が少し倒れ気味なので、○mm起こし気味で施工してください」等と指示すれば十分になったことで、測量を行う拘束時間も激減しました。特に丁張が難しくたいへんな労力が必要となるような現場では、TSや、できればドローンによって出来形管理を実施することは、今後、極めて有効だと実感しました。ただ砂防堰堤の残存型枠は化粧型枠になっていて表面に凹凸があるので、ドローンによる管理はなかなか難しいかもしれません。
ICT活用工事としては今回が2回目です、ただ、ICT活用工事として位置づけされる以前からTSを使用したり、ドローンで測量したりしていました。ICT活用に取り組んだきっかけは、正直に言うと「施工を楽に行いたい」という一心からです。工事を受注して施工計画を立てる際に、下請会社さんなどから、「こういう機械があって便利ですよ」というような提案を受けることが多いのですが、そのなかで「このICTを使ってみたら施工が楽になるかもしれないな。使ってみる価値はあるよね。」というところから始まっています。会社から「ICT活用をやれ」と言われたわけではなく、そういう「施工を楽にしたい」という切実な想いから始まっています。
ICT活用に取り組んだ際に苦労したことはこれと言ってないのですが、強いて言えば、最初のころに、測量機器の使い方を習得するのに少し苦労したことや、慣れないので少し手間取ったりしたこと、さらには自分なりに勉強が必要になったことくらいでしょうか。
自分がICTの活用に取り組んだのは会社の中でも早い方ですし、講習会等を聴講しに行くことはありましたが、基本的にはソフトを触りながら独学で勉強しました。ソフトを使って慣れることが一番だと思います。使いこなすのに3年ぐらいはかかるという方もおられますが、そこは人それぞれですね。特に今の若い方はICTの機器に慣れている方が多いので、例えば、マシンコントロールの建機でも最初の操作の際は、「自分が思ったようには動いていない」というもどかしさを感じるようですが、慣れてしまえば制御モードをオフにしてまずは大量に土を動かし、最後の仕上げの時に制御モードをオンにして整形する、というように自ら工夫して実施しやすいように取り組んでいます。熟練の技術者の中には、「整形の時に制御モードをオフにして仕上げたほうが高い精度を確保できる」という方もおられるようですが、若手技術者でもICT建機に慣れれば高い精度で施工できます。弊社の中では、3次元のデータを作成することまでできる人材は限られてはいますが、3次元データを扱うこと自体は、今では社内の技術者のほぼ全員ができます。iPadも皆、肌身離さず持っていますし、iPadを渡されれば、もうやらざるを得なくなるという面もありますので。
今後の課題としては、ICT活用をさらに拡大していくためにどのようにしていくかということでしょうか。地方の建設会社では、現場に張りつくことができる技術者がどうしても少ないために、監理技術者は工程管理、出来高管理、コスト管理や発注者との協議・調整などで結構忙しいので、大手の建設会社さんが取り組まれているように、ICT推進室などの専門部署を設けて一元的にICT活用を進めていくことが必要になってきたような気がしています。そうすればICTの技術の進展に会社として乗り遅れることもなく、監理技術者も時間ができたときに最新のICT技術についてICT推進室から教えてもらうこともできるメリットがあると思っています。ICTに積極的に取り組んでいる地方の建設会社さんが、そのような取り組みをどのように行っているか、知ることができるとありがたいですね。
確かに山間部はGNSSの精度等の問題があるという話を聞くこともありますが、衛星の数が増えてきていますので、昔ほどではないと思っています。ただ、今回の工事では現場に基準局(衛星アンテナ・受信機・無線機一体型)を設置するRTK-GNSS方式を採用して精度を確保しました。この方式は基準局の設置等のコストはかかりますが、精度を確保するための必要経費と割り切っていますし、そのために経費を惜しむことはしていません。他の現場でも基本的にこの方式を採用して精度を確保しています。なお、山間部では精度の問題のほかに、電波が途切れてICT機器・建機が使えなくなるという問題もあります。これについては、我々ではどうしようもないので、リースをしている建機メーカーさんに対処方法を聞いて実施します。建機メーカーさんは、いろいろな可能性を考えて対応方法をいくつか提案してきてくれますし、なかには裏技的な方法がある場合もありますので、それらの提案を元に試行錯誤しながら対応していくことが多いです。
ICTの活用は「施工が楽になる」ため、監理技術者としてはメリットしか感じていません。ICT活用が地方の建設会社でなかなか進まないと聞きますが、一度このメリットを享受すると、次の工事も「できるだけICT活用を行って施工を楽にしよう」と確実に考えると思います。ICTを活用している立場からすると「なぜ施工が楽になるICTという手段があるのに、それを活用しないのだろうか」と思ってしまいます。なお、ICT活用にデメリットは感じていませんが、一つだけ留意していることを挙げると、「データを信用しすぎてはいけない」ということだと思っています。3次元データを完璧だと思いすぎて、施工後に「出来上がりが違っていた」というのが一番怖いと思っています。このため要所要所でのアナログでのチェックが必要だと思っていて、巻き尺で測ってみるとか、普通のレベルを使って標高を測ってみるということを、必ず行うようにしています。
偉そうなことは言えませんが、まずは簡単なものからICT活用を実施してみて、慣れていけばよいと思います。今は小さいバックホウにもマシンガイダンスが装備されていますので、例えば水路の床掘とか、そういうものでも使ってみるとよいと思います。一度使ってみると「施工が楽になる」ことが実感できると思いますので、そこからはどんどんICTを使っていくことに自然になっていくと思います。その時に大事なことは、初めてICT建機を使う時には、初期指導のような形で建機メーカーさんなどが来てくれますので、どのようにすればよいか遠慮なく聞いてみることと、来てくれた建機メーカーさんと良好な関係を保って、いつでも困ったときに聞くことができるようにしておくことが重要だと思います。そういう関係さえうまく作れれば、あとは「使って慣れろ」だと思います。
私は「施工を少しでも楽に実施したい」一心で、その手段としてICTを積極的に活用していこうと思っているのですが、ICT活用は「やらなければいけない」という義務感からではなく、目的意識を持って取り組んでいけば、必然的に自ら積極的に取り組んでいくことになると思っています。
現在、3次元データの作成は発注時の2次元平面図から、施工を受注した建設会社が行っていますが、直轄事業では、令和3年度から小規模なものを除いて原則BIM/CIMで設計が実施されることになっていますように、3次元データは設計段階で作成していただき、それを施工する建設会社に引き渡していただけると、工事着手が早くできることになりますし、いろいろな面で施工が楽になると感じています。最近は、2次元図面の紙資料と一緒に3次元設計データをいただけるようにはなってきていますが、もっとそれを拡大してほしいと感じています。
欲を言えば、引き渡していただく3次元設計データも、例えば、前提としている施工方法が現実的なのか、完成範囲よりもう少し広く取った施工範囲で作成しているか、細かいところの取り合いが反映できているか等、実際に施工することをよく考えて作成いただいているとありがたいと思います。そういう意味では、本来は3次元設計データが完全に固まる前に、施工する建設会社と意見交換や議論をして、いわゆるフロントローディングを進めることが、全体最適につながると思っていますので、そういう観点からの取り組みを進めていただきたいと願っています。なお、最近は、建設会社と意見交換する場を発注者さんが作っていただけることもあるので、是非そういう流れで今後も進めていただきたいと思います。
また、繰り返しになりますが私は「施工を楽に実施したい」という強烈な目的意識があってICT活用に取り組んでいますが、発注者さん自身にとって、3次元データを活用することやBIM/CIM化することがどのような生産性向上や働き方改革に結びつくかを、もう少し明確にしていただくと、われわれとしても施工成果として発注者さんに引き渡すことになる3次元データ、BIM/CIMモデルの内容を、その目的に沿った形にしていくことも考えられますし、発注者さん自身がICT活用やBIM/CIMにより高い意識をもって取り組んでいただけるのではないかと感じています。建設会社の技術者も「使って慣れろ」が重要だと感じていますが、発注者の方々も、維持管理への具体的な活用や、施工プロセスチェック内容の主任監督員から検査官への説明など、機会を見つけて少しでも3次元データを自ら用いるようにしていただくと、さらにICTの活用が拡大していくのではないかと感じています。
○ 取材を終えて
「楽に施工したいという欲からICT活用を進めています」という岡田さん。これまでは道路の現場が多く、砂防の現場は初めてだったということですが、貪欲にICT活用を進め、「i-Construction大賞」を受賞されたことは、災害発生直後から現地に入り、砂防堰堤本堤工事にも従事されたご苦労とともに、表彰されたものと改めて感じました。岡田さんは「もっとすごいことを進めている現場は他にたくさんあるのに、どうしてこの現場が受賞できたのですかね。発注された広島西部山系砂防事務所のご推薦の賜物です。」と、とても謙虚に語っておられましたが、「精度を十分管理しながら、できるだけ施工を楽に実施する」ことに真摯に取り組む姿勢は、建設業における技術者不足の現状において、模範になるべき姿勢だと感じました。
なお、今回の工事については、令和4年7月11日に土木学会が開催した「第4回 i-Constructionの推進に関するシンポジウム」において、テーマ「実施事例/活用事例」のなかで、「ICT 活用工事における生産性の向上について」と題して、岡田さんが発表されています。「ICT技術は、これから造るものを頭の中でイメージする、その大切な感覚を手助けしてくれます。ICT技術が増え、使える工種の幅も広がり、これまで空想だったことが知恵を出し合えばどんどん実現できる時代になっています。」と、ICT活用の大切さを述べられています。今後も土木学会等で、現場におけるICT活用の取り組みが積極的に発信され、水平展開されることにより、建設業全体として、生産性の向上が拡がってくことが期待されます。
○ 広島西部山系・安芸南部山系砂防事業について
今回の工事が行われた安芸南部山系砂防事業は、平成30年7月の豪雨災害を契機に広島市、呉市、坂町で国の直轄事業として着手されたもので、平成13年度から着手された広島西部山系砂防事業とともに、中国地方整備局広島西部山系砂防事務所が強力に進めています。
両事業地域のほとんどの範囲は、広島花崗岩が風化によって「マサ土」と呼ばれる砂質土となっており、土砂災害が多い地域でもあります。特に近年は、平成11年6月、平成26年8月、平成30年7月、令和3年8月と頻繁に土砂災害が発生しており、砂防事業による災害防止対策が強く求められているところですが、宅地がすでに整備されている地域の上流に新たに砂防堰堤等を建設する工事は、相当たいへんな工事です。今後も多数の砂防堰堤等を建設する計画が進められますが、今回の工事のように、ICTを活用して、少しでも施工を楽に実施する取り組みを、発注者、受注者が協力しつつ、さらに進めていくことが必要不可欠だと改めて感じました。
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