「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。
2024/07/01
「コンクリートのひび割れを知っていますか?」と聞いて、「知らない」と答える人はほとんどいないと思います。当サイトを訪れるような建設技術者に限らず、一般の人も一度は目にしたことがあるコンクリートのひび割れは、この意味で非常に身近な事象です。一般的に、「ひび割れ」と言えば、「皮膚」のひび割れの次くらいに「コンクリート」のひび割れがイメージされると思います。
このように、誰もが知っているコンクリートのひび割れですが、その捉え方は千差万別としか言いようがないのが現状です。一般の人々をふくめ、ある人によっては、どんなひび割れでも発生してはいけない恐ろしいもので、またある人によっては発生して当たり前で何も問題がないという、同じひび割れでも見る人によっては正反対の捉え方をされます。
これは我々建設技術者が専門家ではない一般の方々へ、丁寧に十分な説明をしてこなかったという点が大きいと思います。従前よく見かけた写真1や2のような補修跡は大抵の人には受け入れがたく、ひび割れが悪の根源のように思われる一因にもなったと思います。
さらに、我々建設技術者の間においても、ひび割れに対する諸々の判断が整理されてこなかったことも、ひび割れの捉え方が一義的でなくなった一因です。こちらは、ひび割れが発生した責任の所在、補修の要否の判断、補修費用の負担先、契約上の問題など複数の要因が複雑に絡んで一義的にひび割れを捉えられなかったという事が大きいと思います。
あえて、あいまいにしておくことで、円滑に物事を進めるという、日本的発想は、筆者も嫌いではありません。ただ、コンクリートのひび割れが技術的問題である以上、「ひび割れは許容できるのか?それともその発生を防止しなければいけないのか?」についてしっかりとした一義的意味合いを、一般の人々にも分かりやすく丁寧に説明する責任は我々建設技術者にあると思います。ここでは、このような整理を行っている種々の指針について触れたいと思います。
美観としてひび割れはどの程度まで許容されるのかは、個人差が大きいと考えられます。人間が目で視認できる太さは0.05~0.2mm程度とされ、コンクリートのクラックスケールでは、ヘアークラックと呼ばれる髪の毛の太さほどの0.03~0.04mmが最小のひび割れ幅となっているものが多いです。さすがに見えないひび割れを美観から問題視することはできません。ひび割れ幅の許容値を35人の技術者,18人の建築家,101人の建築家学生,60人の一般の人にアンケート調査した表1の結果3)4)からは、ひび割れ幅がおおよそ0.3mmを超えると半数以上の人が許容していないことが読み取れます。ヨーロッパ国際コンクリート委員会(CEB)と国際プレストレストコンクリート連合(FIP)が共同で作成したコンクリート基準であるCEB-FIPモデルコード1990では外観(appearance)と耐久性の観点からひび割れ幅の制限値として0.3mmを示しています。また、土木学会編「2022年制定コンクリート標準示方書設計編」(以降コ示と呼ぶ)では外観に対するひび割れ幅の設計限界値は0.3mm程度としてよいことが示されています。
視認できるひび割れ幅にも個人差があることを考えると、美観に基づく判断としては、はっきり視認できる(幅0.3mm以上?長さやパターンにもよりますね)ようなひび割れは許容されないように思われます。この点から、特に美観を気にする建築物などは、結局ひび割れの発生を防止する、発生させないのが無難・・という感じに思えます。
コンクリートには止水性が要求される場合も多く、ひび割れが発生して漏水があると問題になります。ひび割れから漏水するかどうかについて多くの研究があります。コンクリート工学会編「コンクリートのひび割れ調査,補修・補強指針2022」では、表2にあるように水圧、部材厚さとひび割れ幅で漏水に対する影響を示しています。
漏水はひび割れ幅の影響を強く受けて、ひび割れ幅が0.05mm以下であれば漏水は生じにくいと解説されています。
コ示には表3が示されています。作用水圧が0.9N/mm2以下でひび割れ幅が0.1mm以下であれば漏水量は極めて小さいことが示されています。
いずれにしても、漏水防止の観点では、許容されるひび割れ幅はかなり厳しくなっており、ひび割れは発生を防止するべきものとなりそうです。
ここまで見てくると結局、ひび割れは許容されるものではなく、防止しなければならないのでは?みたいな感覚に陥ります。一番重要な構造安全性能(場合によっては人命にも影響するので・・あえて言い切りますが)が最も厳しくひび割れを制御するべきと考えられることからも、そう思えます。ところがこの感覚に逆行するように、ひび割れが出て構造物がすぐに破壊することはごく稀で、RCで曲げひび割れが許容されているのは建設技術者なら常識です。極論ですが幅5mm程度のひび割れが発生したとしても構造物が直ぐに破壊すると考える技術者は少ないのではないでしょうか。断面欠損している構造物はいくらでも?あることを考えれば、ひび割れは構造安全性能の観点からは,かなり許容されてもよいように思えます。一方で,5mm程度のひび割れが発生していれば構造物の剛性も低下し、安全性からもこれを許容してよいと言い切る建設技術者もいないとは思います。ひび割れ幅が大きければ構造安全性に付帯する機能(例えば車や電車の通行)に支障をきたすような変形を起こすというような心配もあります。ただこれらの機能や前述までの性能が要求されない構造物もあり、このことがまたひび割れの捉え方を人により千差万別にしている一因と思います。
仮に大きなひび割れが出ても問題が無い機能や要求性能しかない構造物でも、この先いつか壊れる可能性がある・・つまり耐久性という観点からひび割れを制御する場合が多くあります。このこともひび割れの許容値の議論がややこしくなる一因と思います。未来の事は確定論で語れません。それを技術的に説明するのが我々建設技術者の役割ではありますが。ひび割れから水と酸素が侵入しやすくなり、鉄筋の腐食が進行し、鉄筋断面が腐食により減少し、構造耐力が低下する。そのプロセス一つ一つが未だに大きな研究テーマになっているような不確かな未来を語る必要があります。コ示では、鉄筋腐食に対するひび割れ幅の設計限界値は0.005c(cはかぶり(mm))、ただし0.5mmを上限とするという規定があります。これは経験により定めたもので実情に応じて設計限界値を設定してよいと解説があります。我々建設技術者にはそのような許容値の説明性を向上させる義務がありますね。
このように見てくるとひび割れをどこまで許容するかは千差万別、構造物の要求性能や機能、あるいは構造物に向き合う個人の立場や技術的な差を持って色々考えるものでよくて、一概に結論づける方がおかしい気もしてきます。我々建設技術者としては、まずはひび割れが構造物にどのような影響を与えるのか、しっかりと説明できるようにしておくことが重要なのだと思います。
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