コラム:編集委員の独り言…

「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。

2024/10/01

能登半島地震の被災状況に学ぶ 後編

はじめに

本コラムは、令和6年1月1日に発生した令和6年能登半島地震における道路盛土被害から得られた教訓を二回に分けて紹介する、その後編である。

1.令和6年地震における被害と平成19年地震被害の関係

【ケース3】

当該箇所は平成19年地震では縦-43と呼称される能登大橋の橋台背後に位置する盛土の事例である。ここは前編で触れた、平成19年地震における崩壊箇所のうち、橋梁被害と合わせた独自の方針での復旧が行われた場所である。同時に、平成19年度に本復旧方針を検討したにも関わらず、令和6年度地震でも大きな被害が発生した再度罹災箇所である。

平成19年地震では、写真1に示すように能登大橋の上り側橋台の側面ののり面(写真1手前)が崩落している。当該箇所の復旧にあたっては、橋梁取り付け部ということでう回路がなく、この部分の復旧が前後区間の応急復旧の進捗に影響を及ぼすことから、まず崩落したのり面の上部に矢板を打設してさらなる崩壊の進展を防ぎつつ、暫定での道路利用を可能とした。

写真1 平成19年地震における縦-43被災状況

写真1 平成19年地震における縦-43被災状況1)

図1および図2は本復旧の標準断面図および平面図であるが、図1に示すように路面わきに矢板を打設して、暫定の通行を可能としている。本復旧に際して、この暫定利用を継続しながらの工事となったため、また前編で紹介した大規模崩壊に比べると比較的小規模な崩壊であったため、全面的な再構築は行わず、改良土を用いた路体盛土の復旧がされている。

図1 縦-43盛土復旧標準断面図

図1 縦-43盛土復旧標準断面図1)

図2 縦-43盛土復旧平面図

図2 縦-43盛土復旧平面図1)

写真2 平成19年地震後の復旧工事終了の状況

写真2 平成19年地震後の復旧工事終了の状況1)

図3に示すように当該箇所はもともと複数の沢が複雑に分布する地形であり、建設当時の切土による発生土の残土を受け入れるために広範に埋めたてられていたものと考えられる。

もともと集水地形であったことから、平成19年地震に対する復旧の際には、暗渠排水工が配置されている。また、建設当初と同じく他工区での発生土の受け入れ地となり、標準断面図にあるように、大きな押え盛土が特徴である。写真2は平成19年地震後の復旧が終了した現地の状況である。

当該箇所は、令和6年地震によって、盛土のり面の崩落が発生した。図3は令和6年地震による被害と平成19年地震の被害を重ね合わせた平面図である。写真3に示すように橋梁取り付け部に大きな段差が発生しており、写真4に示すように平成19年に復旧した盛土が大きく崩落している。崩落面の上部には、平成19年の復旧時に設置された矢板が見えるが、盛土の崩壊に伴って大きく変状を呈している。

当該箇所が平成19年に復旧されたにも関わらず令和6年地震で大きな被害を発生させた理由には、いくつかの要因が考えられるが、その最も大きな要因は、平成19年地震の復旧の際、矢板打設による暫定的な交通確保を優先し、他の復旧箇所で行なったような良質な購入土を用いた盛土本体の全面的な再構築を行わなかったことが考えられる。図1に示すように復旧時には排水を強化しているが、もともと複雑な沢が集まる集水地形であり、存置した土の排水性の低さと相まって今回の崩壊の要因となったことが考えられる。しかしながら道路構造物は道路通行機能を確保するための構造物であり、個々の構造物の性能確保の前提条件として、暫定的な交通の確保といった制約を受ける場合は多い。結果論としてこうした影響を挙げることは容易であるが、当時の判断としての妥当性の評価には慎重な姿勢が求められる。

図3 縦-43盛土付近の原地形

図3 縦-43盛土付近の原地形3)

図4 令和6年地震被害平面図

図4 令和6年地震被害平面図

  • 写真3 能登大橋取り付け部の段差

    写真3 能登大橋取り付け部の段差

  • 写真4 平成19年復旧箇所の崩壊

    写真4 平成19年復旧箇所の崩壊

2.得られる教訓と今後の方向性

上述の他にも当該被災からはいくつかの教訓が得られる。

まず、図1に示す標準断面図では不安定な被災前の盛土の多くを残存させねばならない状況での安定性向上のために押え盛土を設けている。しかし写真2を見ればわかるように図2の平面図における主測線の右側は大きくくぼんでいる。令和6年地震における被害を見ると盛土の崩壊は、主測線方向ではなく、図2における右方向、くぼみの方向に滑っていることがわかる。このような盛土形状となった理由は明らかではないが、当該現場が能登有料道路全体の復旧における残土の受け入れ地となっていたことから、すべてを埋めるには土量が不足したことなどが理由としてあったのではないかと推測される。上述の暫定的な通行の確保と同じく、建設発生土の抑制と有効活用は、道路に限らずすべての公共事業における責務の一つであり、前提である。よって単純にその是非を論じることはできないが、このくぼみを通る測線では設計照査が行われておらず、またこの断面が標準断面よりも安定性に劣るであろう形状になっていたことは留意するべきである。

一般に、道路土工構造物の設計を行う場合、道路の中心線に直交する断面において照査設計が行われる。しかしながら道路土工構造物は、複雑な地形条件の下、多くの場合は複数の構造物の組み合わせで構成されており、必ずしも構造物の設計において考慮するべき断面が、道路の中心線直交方向と一致するとは限らない。場合によっては、ある個所において、すべての断面の中で最も安定性が低い断面が照査断面以外に存在する可能性もある。

土工構造物は、複数の構造物の組み合わせで計画されることが多く、それぞれの土工構造物が、相互に影響を及ぼしあって機能を発揮することから、土工構造物の配置、どのような断面で照査を行うべきかといった前提についての検討が重要となる。前編において述べた、道路技術小委員会における道路土工にかかる技術基準の方向性3)「道路土工構造物の設計における「計画」時の配慮事項の明確化」の一つとして、設計時の計画で考慮すべき前提の一つとして、現地の条件から最も厳しい条件での照査を行うこと、そのような断面を想定することが考えられる。実際には、最も厳しい断面を一つだけ見つけることは困難であるから、構造物が設置される前の原地形、沢や谷の方向、構造物の基礎地盤の勾配、などいくつかの観点から複数の断面での照査を行うというような方法が考えられる。前編で述べた条件の抽出、今回述べた照査断面の設定、これらの計画を効率的かつ効果的に行うためには、やはり現地の原地形をよく調べ、理解することが重要である。また過去の被災事例についても、被災の原因や対策を見るだけでなく、被災の形態そのものを事例から学び、新しい現場で被災を想定する能力が求められるであろう。

このように過去の被災事例の要因や結果をバラバラに考えるのではなく、リスク要因と紐づけして捉え、それぞれの現場におけるリスク要因とリスクの発現に対して、事業の各段階で効率的に対応しようという地質・地盤リスクマネジメントの考え方を、より適切に現場に導入していくことが必要となる。

参考文献
  • 1) 石川県・石川県道路公社:能登半島地震 能登有料道路復旧工事記録誌,石川県土木部・石川県道路公社,2007年3月25日
  • 2) 第21回道路技術小委員会 配付資料【資料2】令和6年能登半島地震 道路構造物の被災に対する専門調査結果(中間報告)
    https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001725117.pdf
  • 3) 第23回道路技術小委員会 配付資料【資料1】令和6年能登半島地震を踏まえた技術基準等の対応方針(案)(PDF形式:8.5MB)
    https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001756383.pdf
  • 4) 日本道路協会:道路土工の基礎知識と最新技術(令和5年度版)第二編道路土工における不確実性の段階的な低減

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