コラム:編集委員の独り言…

「現場の失敗と対策」編集委員が現場や研究の中で感じた思いや、
技術者に関わる情報を綴っています。

2024/11/01

自己治癒コンクリートについて思う

1.最近の自己治癒コンクリート

今、コンクリート業界では、自己治癒コンクリートと言えばBasilisk(バジリスク)1)を知らない人はいない。會澤高圧コンクリート株式会社から袋詰め自己治癒コンクリート材料として市販され、生コン1m3に5kg使用すれば写真1のように最大幅1.0mmまでのひび割れを自動修復するとしている。そのメカニズムは、サイズが極めて小さいバクテリアをポリ乳酸に封じ込めた粉体を混ぜるだけで、図1のとおりひび割れが入るとこのバクテリアが活性化して炭酸カルシウムを排出してひび割れが閉塞するというものだ。さらにバクテリアはコンクリート内で約200年生き続けることが可能とすると、従来コンクリートの寿命50年を飛躍的に伸ばし、ひび割れ補修のマンパワーとコスト低減、脱炭素社会の実現への貢献をうたっている。

写真1 自己治癒によるひび割れ修復前後

写真1 自己治癒によるひび割れ修復前後1)

図1 自己治癒の修復過程

図1 自己治癒の修復過程1)

そのインパクトは大きく、政府広報オンラインでも「世界初の自己治癒コンクリートの実用化と量産体制を整え、2020年11月から、日産10トン、年間約70万立方メートルの自己治癒コンクリートの供給が始まっている」2)と発信している。コラムの筆者はこれを喧伝する者ではなく、その実用化と社会実装のスピードに感嘆し、今後実際にひび割れが発生した際に、自己治癒能力の発現と実効性の検証がなされ、さらなる技術的発展を期待する者である。以降では、自己治癒コンクリートの用語と歴史、メカニズムについて簡単に紹介したいと思う。

2.用語

コンクリートにおける自己治癒とは、「自然」治癒、自動修復等という言葉もあり、これと同じなのか違うのか?意図せず自然にひび割れが閉塞するような状態を指すのか、最初からひび割れの閉塞を目的とした材料や配合を設計したものだけを言うのか、その二つを包含するのか?

もっとも体系的に整理されているのが、2009年発表の日本コンクリート工学会編「セメント系材料の自己修復性の評価とその利用法研究専門委員会報告書」3)である。①自然治癒、②自律治癒、③自動修復、④自己治癒、⑤設計型自己治癒/ 修復、⑥自己治癒/修復の6種類に分類しその用語を定義している。ここでは、自己治癒を自然治癒と自律治癒を包含する概念で、水分などが存在する環境下でコンクリートのひび割れが閉塞する現象全体としている。自然治癒を材料設計などに特別な配慮を講じていない場合、自律治癒については適切な混和材の使用などの材料設計等を行っている場合としている。

他用語についての詳細は同書を確認頂きたいが、これらの概念や用語は一般には混用されており、切り分けを意識して用いられている場合には、上記の定義で理解してよいと思う。

3.歴史(どのくらい古くからある)

最も古く、自己治癒に該当する現象が確認されているのは、いわゆるローマコンクリートではないだろうか。約2000年前に建造されたローマのコロッセオ(写真2)やパンテオン神殿(写真3)はその原形を留めており、多くのコンクリート技術者がその耐久性に目をとめている。

  • 写真2 ローマのコロッセオ

    写真2 ローマのコロッセオ

  • 写真3 パンテオン神殿

    写真3 パンテオン神殿

ローマコンクリートは火山凝灰岩やその他の粗骨材で構成され石灰と火山灰等のポゾラン材料をベースにしたモルタルで結合されているとされる。構築から100年以上の歴史を持つ小樽港北防波堤のコンクリートには火山灰が使用されており、現在では、石炭火力発電所から排出されるフライアッシュ(飛灰)をコンクリート中で使用するとそのポゾラン反応によってコンクリートの緻密化や長期強度が増進することが分かっている。ローマコンクリートの長期耐久性は火山灰のポゾラン反応によるといわれてきたが、近年マサチューセッツ工科大学の研究グループはローマコンクリートに生石灰(CaO)が高温混合されて、固有の自己治癒メカニズムを提供する可能性があることを発表した4)。生石灰を混合した模擬ローマコンクリートにひび割れを発生させて通水するとひび割れは写真4のように閉塞する。

写真4 模擬ローマコンクリートのひび割れ閉塞

写真4 模擬ローマコンクリートのひび割れ閉塞4)

MITの研究グループは少なくとも生石灰(CaO)が意図的に混合された可能性を示し、古代ローマ人が「自律」治癒材料として生石灰を使用していたと推察している。「自然」治癒だったのか「自律」治癒だったのかの真偽は古代ローマ人のみぞ知る、なのかもしれない。

日本では、古くは村田二郎先生が1952年にセメントペーストの癒着という言い方で自己治癒を念頭においた研究5)をされている。□4×4×16cm供試体の曲げ試験を材齢3日で実施し、この破壊面を入念に元通りに合わせて破壊面に5kgf/cm2の圧縮力を加えた後に、標準養生を実施し、所定材齢が経過した後に2回目の曲げ試験を実施した。図2のとおり、2回目の曲げ試験結果は材齢によらず1回目の80~85%程度の強度を発現している。少しびっくりする位の強度を発現している。ただし、1回目の試験を材齢28日に実施した供試体を同様にして、さらに材齢28日間養生しても強度は6%程度しか発現しない。当たり前かもしれないが、未水和のセメント量との関係性が強い事などを示している。

図2 癒着進行期間(1回目試験後の養生期間)と癒着強さとの関係

図2 癒着進行期間(1回目試験後の養生期間)と癒着強さとの関係5)

4.自己治癒のメカニズム

コンクリートの自己治癒メカニズムを極簡単に自律治癒材料で整理すると以下のとおりである。

① コンクリート中の未水和セメントによるもの

② セメント硬化体中のカルシウムイオンと外部から供給される二酸化炭素等により炭酸カルシウムをひび割れ等に生成するもの

③ セメントよりも反応速度の遅い混和材(ex.高炉スラグやフライアッシュ)によるもの

④ 膨張材、鉱物系混和材によるもの

⑤ バクテリアによるもの

研究中も含めてこのように多様な自己治癒機能を発現する材料が存在している。この中では、やはりコンクリートや建設業界で馴染の無いバクテリアによるバイオミネラリゼーション(生物から鉱物を作り出すプロセス)は目を引く。前出のバジリスクではバチルス菌を用いていたが、その他の菌類の研究として、愛媛大学の研究チームではイースト菌や枯草菌(納豆菌)(写真5)を利用したコンクリートのひび割れ補修の研究を行っている6)。イースト菌はスクロース、納豆菌は尿素を栄養源として用いて炭酸カルシウムを生成する。食品の研究と見まがうような菌とコンクリートの取り合わせに驚嘆するばかりである。さらに枯草菌がコンクリート中の酸素を消費することに目を向けて、コンクリート中の鋼材の腐食抑制効果についても研究されている。その他、アメリカ、イギリスでも近年盛んにコンクリートの自己治癒材として細菌の活用が研究されており、今後もこれらの研究では斬新な成果が期待されている。

写真5 イースト菌(左)と納豆菌(右)

写真5 イースト菌(左)6)と納豆菌(右)7)

5.最後に

自己治癒コンクリートの技術は現時点で実用化、社会実装されたものもあるが、ひび割れ閉塞後のさらなる経時による部材性能の評価、すなわち止水性や遮塩性、耐久性、構造性能等がどのように推移するのか、その真価が問われるのはこれからである。メカニズムなどが相違して、社会実装に至っていない技術も多くある。我々建設技術者として目指すゴールは一緒である。今、社会実装された技術もされていない技術も、自己治癒コンクリートとしての機能を確実に発揮して、その実効性が目指すゴールにしっかりと貢献できるまで、これらの技術の進展をしっかりと見守り続けていく必要があろう。

参考文献

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