現場の失敗と対策 このコンテンツは現場で働く皆さんの参考としていただきたく、実際の施工でよくある失敗事例と対策を記載したものです。土工事、コンクリート工事、基礎工事の3分野を対象として事例を順次掲載していきますので参考としてください。

現場の失敗と対策

コンクリート工事

コンクリート工事

3 打設後(養生・修繕等)

2025/07/01

脱塩工法によってアルカリシリカ反応を促進してしまったか?

工事の概要とトラブルの内容

〇工事概要

1971年に供用を開始して50年以上が経過している自動車専用道路のPCT桁橋(写真-1)では、波浪に伴う飛来塩分、台風に伴う高波の直接的な越波等で、20年が経過した1991年ごろから塩害による劣化が顕在化していた。変状が著しい径間より順次、断面修復と表面被覆を主体とする対策を実施したが、対策後も写真-21)に示すような再劣化が進行する箇所が増加した。

写真-1 PCT桁橋写真-1 PCT桁橋

写真-2  塩害による劣化状況1)写真-2  塩害による劣化状況1)

このため、2003年ごろから外部電源方式の電気防食工法を適用し、健全性の確保に一定の効果を得ていたが、新たな変状の顕在化や再劣化の進行はとどまることなく、また越波等による電気防食システムの度重なる損傷で電気防食を継続的に実施し保守することが困難となった。このような状況から2019年より新たに脱塩工法を実施することとした。

〇脱塩工法

  • 脱塩工法は実用化されている仮設陽極方式のうち、コンクリートの表面形状が複雑な場合でも施工可能な図-12)に示すファイバ方式を採用し、2週間、1.0A/m2(コンクリート表面積当たり)を通電後、さらに6週間、1.5A/m2で通電した。ただし、1週間のうち5日間通電、2日間通電休止とする間欠通電とした。陽極材はチタンメッシュ、電解質溶液にはK2CO3とH3BO3の混合溶液、溶液保持材にはセルロースファイバを用いた。

  • 図-12) ファイバ方式概要

    図-12) ファイバ方式概要

〇変状の発生

試験的に脱塩工法を実施した先行区間で、陽極システムを撤去しコンクリート表面の状態を確認すると、図-21)に示すように、橋軸方向のひび割れや事前に実施されていた断面修復箇所等にひび割れや浮きが発生していた。さらに、浮きの発生した図-2に示す黄色円範囲の断面修復箇所をはつり、内部鉄筋および鉄筋周りのコンクリートの状態を確認すると、鉄筋周囲5mm程度のセメントペースト部は湿潤状態となっていて、金属で容易に削れる程に軟化し、鉄筋周辺のコンクリートの空隙には図-31)に示す白色の析出物が確認された。このため同じ下フランジの通電の影響がないと思われる場所についても確認すると,そこでも白色の析出物が確認された。

図-21) 発生した変状図-21) 発生した変状

原因と対処方法

〇原因

  • 通電部と未通電部における白色析出物の走査電子顕微鏡(SEM)観察を行った結果を図-41)に、EDS分析を行った結果を図-51)に示す。白色析出物のSEM観察およびエネルギー分散型X線分光法(EDS分析)の結果、未通電部ではカルシウムのピークが卓越しているのに対し、通電部ではカリウムとシリカのピークが卓越している。これは、アルカリ骨材反応(ASR)生成物の典型例3)を参考にすると、通電部の白色物質はアルカリ(カリウム)-シリカ型のASRゲルであると推察された。

  • 図-31) 内部の白色析出物

    図-31) 内部の白色析出物

図-41) 白色析出物のSEM観察画像図-41) 白色析出物のSEM観察画像

図-51) 白色析出物のEDS分析結果図-51) 白色析出物のEDS分析結果

本構造物においては脱塩工法の適用前に、電気化学的脱塩工法による補修ガイドライン(案)4)を参考に、アルカリシリカ反応に関する事前調査を行っていた。コンクリートコアを採取し,ASTM C12605)による促進膨張試験を実施した結果、14日での膨張率が0.061~0.071%であったため、同判定基準(平均値が0.1%を下回る)に基づき、ASRの影響は無害の領域にあると判断していた。しかしながら脱塩工法適用後にASRが促進されたと推定される結果となった理由についてさらに次のとおり検討した。

ウェブ、下フランジ側面、桁底面の通電部および未通電部においてコンクリート表面から40mmの深さまで10mm毎4段階に分けて試料を採取し、水溶性アルカリ(Na2O、K2O)量の測定を行った。通電部ではNa2O、K2O量ともに下フランジ側面が他の箇所に比べて大きな値を示した。この原因は電解溶液が桁下方側面に流下し溜まりやすく、コンクリート含水比が高く,電気抵抗が低くなり,電流が下フランジ部分に集中したためと考えられた。通電部は陰極である鋼材近傍にアルカリが集積する傾向を示した。K2O量は未通電部で0.3~0.6kg/m3だったにもかかわらず、通電部では電解質溶液中のK2CO3から多量に供給された影響で20~50kg/m3が鉄筋かぶり部全体に分布していた。

以上のとおり、ファイバ内での電解質溶液の不均一性によって電流分布にばらつきが生じ,溶液の溜まりやすい下部において,多量のカリウムイオンが下フランジ側面の鉄筋近傍に供給されてASRを促進させたことが変状発生の原因と推定された。

〇対処方法

①変状が発生した部位については、残存膨張がほとんど無いと推定されること、②全塩化物イオン濃度がいずれの部位においても1.0kg/m3以下まで低減されて、指針3)に示される脱塩目標値2.5kg/m3以下であること、③通電部および未通電部のコンクリートの圧縮強度と弾性係数を測定し、通電による力学的性能への影響が小さいこと、等を確認した。このことから、変状部については、はつりとり、断面修復を適切に実施した。

同様の失敗をしないための事前検討・準備、施工時の留意事項等

〇事前検討・施工時の留意事項

ASRによる膨張が懸念される構造物に脱塩工法を適用する場合、期待する脱塩効果を得る一方で高濃度のアルカリを集積させないことがASRの促進を防止することとなる。そのためには、「電気化学的防食工法指針」2)等を参考に事前に対策を検討したうえで,桁断面内で電流分布を均一にする事が大事である。具体的な方法としては下記のような方法を上手く併用してASRの促進を防止する必要がある。

① 陽極の湿潤状態の均一化(マット方式の採用等)

② 電流回路の分割による電圧電流の管理(桁上下での回路分割等)

③ 電解質溶液の種類(ex.ASRを促進しないリチウム系溶液の使用等)

④ 実物大試験等による電流分布や脱塩効果、アルカリ集積量の確認

⑤ コア供試体による模擬通電実験

参考文献
  • 1) 佐藤健太ら:脱塩工法でPC桁に発生した変状の原因究明、コンクリート構造物の補修補強アップグレード論文報告集、Vol.24、pp.203-208、2024年10月
  • 2) 土木学会:コンクリートライブラリー157「電気化学的防食工法指針」、p.145、2020.9
  • 3) 小林一輔ら:コンクリート構造物の耐久性診断シリーズ アルカリ骨材反応の診断、森北出版株式会社、p.45、1991.3
  • 4) (独)土木研究所ほか:塩害を受けたコンクリート構造物の脱塩工法に関する共同研究報告書、整理番号第382号、pp.12、 2008.3
  • 5) ASTM C1260:Standard Test Method for Potential Alkali Reactivity of Aggregates-Mortarbar Method、Vol.04.02、pp. 654-659、1994

「現場の失敗と対策」編集委員会

編集委員会では、現場で起こりうる失敗をわかりやすく体系的に理解できるよう事例の形で解説しています。みなさんの経験やご意見をお聞かせください。

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