2020/08/31
大小さまざまな現場で着実に推進されつつある「i-Construction」。公益社団法人 土木学会でも、「建設マネジメント委員会/i-Construction特別小委員会」を通じて、新しく魅力ある建設現場の実現に向けた「i-Construction」の研究を行っています。令和2年7月2日(木)には、オンライン配信で第二回「i-Constructionの推進に関するシンポジウム」が開催されました。「i-Construction」の推進力となる新たな技術等、さまざまな発表が行われる中、コンコムが注目したのは、山梨県の湯澤工業株式会社が発表した「地場建設業がICT土工で得たもの」でした。
今回の「現場探訪/ICTの現場」は、発表の事例となった「H30釜無川河道整正その他工事」でのICT施工の紹介と併せ、社内のICT推進の中心となった常務取締役 湯沢 信(まこと)さんに、地方の建設会社がわずか数年で「フルICT」による施工を可能にした取組や苦労、経営者目線の「i-Construction」のメリットや課題についてお聞きしました。
工事概要 | 河道掘削81,000m3、根固めブロック製作・据付550個 |
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発注者 | 国土交通省関東地方整備局甲府河川国道事務所 |
工期 | 平成31年3月28日~令和2年3月16日 |
受注者 | 湯澤工業 株式会社 |
施工場所 | 山梨県中央市臼井阿原地内 |
請負金額 | 241,100,000円(税込) |
監理技術者 | 湯沢 信 |
現場代理人 | 大西 唯喜 |
本工事は、一級河川富士川水系釜無川における水衝部対策として山梨県中央市臼井阿原地内の河道掘削約81,000m3を行う工事です。毎年の出水により、河岸が浸食されたため、澪筋を河川の中心に寄せ、浸食された護岸に根固めブロックを据え付ける工事となります。
地上型レーザースキャナを使用した測量およびドローンによる空中写真測量から3次元設計データの作成、ICT施工、出来形管理・電子納品まで、すべて自社で行いました。
現場を丸ごとデジタル化できるため、法線の変更に伴う縦横断計画の変更等、簡単に行うことができました。また、今回の現場では、上流側に橋梁があり、損傷させないための重機搬入計画も3次元データをもとに作成することができました。何より、3次元データは見やすく、理解しやすく、現場に関わる全員が共通の認識を持てるというのが大きなメリットだと思います。
当社では現在、ほとんどの現場で3次元設計データを作成することが当たり前です。外注するという選択肢もあると思いますが、その分だけ時間のロスが発生しますし、現場で発生する要望に瞬時に対応するためにも、自社のデータ作成は不可欠だと思います。私も最初に3次元設計ソフトを使ったときは、「もっと早く知っていれば!」と言う感じでした。こんな便利なものが世の中に出てきたことは、土木の生産性を向上させることになると思いますし、現場は確実に楽になると思います。
ただし、作成に慣れが生じると危険なこともあります。間違った設計データを作成し、そのデータを信用したまま現場で施工してしまうことです。この取り扱いには慎重にならなくてはなりません。
当初は、熟練の技能者は腕に自信があるため、ICTに対する拒絶反応があると思っていました。しかし、当社のこの道40年のベテランオペレータに「ICTブル使ってみてどう?」と聞いてみると、「うん、いいよ。楽だから」と即答されました。想定外の反応に驚きました。実際の工事でも、熟練技能者がICT重機を使いこなすと、さらに生産性が向上すると思いました。今回ICT施工を実施した現場と従来施工で行った過去の同様の現場と比較すると、
法面整形 | 約1,400m |
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施工期間 | 6日間 |
バックホウ | 1台/日 |
作業員 | 2名/日 |
丁張作成 | 1名/日 |
法面整形 | 約2,000m |
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施工期間 | 3日間 |
MCバックホウ | 1台/日 |
作業員 | 0名/日 |
丁張作成 | 0名/日 |
でした。施工期間だけを比較しても倍以上の成果がありました。とにかくきれいに速く施工ができる。3次元設計データが作成できていれば、現場ローカライズ完了後すぐに作業に取り掛かることができる。現場監督は丁張をかける手間を考えずにほかの仕事に時間を費やすことができるなど、メリットは計り知れません。
今回の工事の場合、従来施工であれば、人が川の底から高さを計測して紙に記載します。それを会社に持って帰ってパソコンにデータを打ち込んで印刷して印鑑を押す。これだけで3日くらいかかります。大変だし、単純作業でつまらない。一方ICT施工であれは、ブルドーザーの履歴データを読み込むだけなので、一瞬で終わります。気持ちよくて楽しい。しかも楽です。このブルドーザーの刃先のログを利用した出来形計測では、操縦席のモニターにより、出来形をリアルタイムに確認しつつ、さらにデータが記録されるため、ブルドーザー自体が建設機械の形をした測量機器になります。今後、刃先のログでの出来形管理が一般化されてくれば、作業と同時に出来形を取得できるため、出来形管理にかける時間も大幅に短縮されると思っています。
3Dレーザースキャナ | 測量 | 自社所有 |
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ドローン | 測量 | 自社所有 |
3DMCバックホウ | 土工事 | 自社所有 |
3DMCブルドーザー | 土工事 | 自社所有 |
測量用タブレット | 測量・出来形管理 | 自社所有 |
3D点群処理ソフト | 点群処理・データ作成 | 自社所有 |
---|---|---|
3次元設計・施工データ作成ソフト | データ作成 | 自社所有 |
3Dモデル作成ソフト | データ作成 | 自社所有 |
出来形管理・電子納品支援システム | 完了検査 | 自社所有 |
従来施工では、建設機械の周辺で、整地・高さ確認・刃先の指示・丁張作成等さまざまな作業が行われていました。そのため、建設機械に跳ね飛ばされる、挟まれる、踏まれる等の危険と常に隣り合わせでした。建設業界に対する一般的なイメージ「3K」のうち、まさに「キケン」を象徴する作業でもありました。しかし、ICT施工によってその作業が激減し、安全でスマートな建設工事現場が実現されました。
ICTに取り組めていない会社の経営者のほとんどが抱いていることは、「初期費用がかかる」「利益が出ない」「手間が増える」といったイメージだと思います。実際に、当社もそうでした(笑)。確かに初期費用はかかります。しかし、「利益が出ない」「手間が増える」は間違ったイメージです。生産性は間違いなく向上し、確実に利益は確保できます。ただし、全部外注すると利益は出ません。
右の表は、ICT施工の導入でどの程度生産性を上げることができたかを検証するために、私の試算ではありますが、今回の現場での労働生産性を従来施工とICT施工で比較したものです。従来施工の労働者数については、当工事の計画に基づいて算出しました。労働生産性は約150%向上していることがわかりました。
ひとつの差別化にはなっていると思いますし、今の段階では、重要な役割を果たしていると思います。建設業界はある一定の成熟された産業ですので、新しいことを採り入れなくてもやっていけると思いますが、このIT社会の中で、魅力を感じてもらえるかと言えば疑問です。建設業者(中小)も、環境変化をとらえて自ら変化し対応していくべきだと考えます。
ICTに取り組み始めてから、当社には毎年、3名程度の応募があります。特に最近では大卒採用ができるようになってきましたし、デジタル技術に関しては若者のほうが覚えたい意識が強く習熟が早いと思います。今年の4月に入社した今村 大陸(りく)君は、法学部出身で土木の知識も全くありませんでした。趣味はゲームということもあり、インターンシップ中に、3次元設計データの作成をやらせてみました。当然、図面は読めませんでしたが、データを作るうちに図面が読めるようになりましたね。インターンシップの終わりごろに「土木会社ってどう?」と聞いてみると、「3次元データ作成は楽しいです。楽しいから、現場監督をめざそうと思います」と返ってきました。
根本にある想いは「土木が好きだから/I LOVE DOBOKU」です。近年災害が頻発していますが、そうした災害の防止や復旧に対応できるのは、地域の建設業者です。2014年山梨県に大雪が降りました。その復旧活動している社員をみて、あらためて建設業で働いている人をかっこいいと思いましたし、若い世代にも建設業がかっこいいと思ってもらいたい。でも3K職場のイメージが強く、敬遠されてしまうのが建設業で、そのイメージが先行し担い手が確保できていません。その時からずっとモヤモヤしてました。建設業に未来がないと感じるときもありました。ところが、建設業にもデジタル化の波が押し寄せてきて、この波に乗ることが建設業の未来を変えると思いました。若い世代にこの業界にも目を向けてもらいたい。ICTへの取組で少しでもイメージを変えたい。だから誰に何を言われようと、あいつは遊んでると言われても取り組みました。(笑)
最初のハードルが高額な初期費用です。高性能パソコンやソフト、ドローンやレーザースキャナ、ICT搭載重機まで揃えようとすれば軽く数千万円はかかります。経営者がICTの必要性や中長期的な回収が可能な投資であるという理解をしていなければ、なかなか踏み切れる金額ではありません。そういう面では、地場の建設会社に浸透していくにはもう少し時間がかかるのではないでしょうか。
当社も6年前は同じような状況でした。ドローン1台購入するのもなかなか理解してもらえないほどです。ちょうどそのころ、「ものづくり補助金制度」を知り、チャレンジしてみようと思いました。提出期限まで一週間程度しかなかったので、正月休みを返上して必死に企画書を書きました。無事当選通知をいただき、設備(地上レーザースキャナ他ソフト)を導入し、夢中でソフトの使い方とか勉強しました。でも楽しかったです。そのタイミングで「YDN/やんちゃな土木ネットワーク」に加入し、皆で切磋琢磨しました。さまざまな雑誌等に取り上げられることで、社長も理解を示してくれるようになり、今では独断でICT建設機械を購入するほどです。
一番は、先ほども話しました初期投資の問題でしょうね。これは経営者の意識改革が必要です。「昔はこうだった。。。」をやめて「これからはこうだ。。。」と経営層が考えてあげなければいけないと思います。
また、すべての中小企業が設備を整備する必要はないかとも思います。そのためのアウトソーシングの環境がもっと整備されるべきだと思います。今は、「3次元測量だけ」「3次元設計データ作成だけ」「ICT施工だけ」という部分的なサービスを提供してくれる会社はありますが、トータルにサポートしてくれるアウトソーシング会社は少ないと思います。一部のみのアウトソーシングだと、依頼する側も突発的な変更に対応してもらえず、信頼できるパートナーにはならないのではないでしょうか。
さらに、こうした新技術を使いこなす技術者の育成も大きな課題です。地場の建設会社のほとんどは、人的余裕がありません。「ICTに取り組みたいけど人員が・・・」という声も聞きます。新たな人材確保に関しては、私たち地場の建設会社も、もっと積極的に「かっこいい土木」「楽しい土木」をPRしていく必要があると思います。今回の土木学会さんのシンポジウムのような機会にも、積極的に参加して、土木の魅力を発信していきたいと考えています。
大手ゼネコンが施工する大規模工事でのICT施工が確実に進む中、地場の建設会社においても少しずつではありますがICTに取り組む企業も増えてきています。しかし、国土交通省が令和2年8月に開催した「i-Construction推進コンソーシアム 第6回企画委員会」の発表資料によると、直轄工事におけるICT活用工事経験企業は3.6倍に増えているものの、地域を地盤とするC等級、D等級の企業では、ICT経験率がそれぞれ50.9%、21.3%でした。推進が進まない要因としても、今回の湯澤工業の湯沢常務が話された通り、「導入費用」「役員の理解不足」「3次元に係る人材不足」が挙げられています。積算基準の見直しや中部地方整備局の「ICTアドバイザー制度」による人材育成等、ICTの普及拡大に向けた取組も広がっていますが、今回の取材を通して、まずは「経営者の意識改革」、地場の建設会社にとってそれがICTのスタートラインのような気がしました。
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