現場の失敗と対策 このコンテンツは現場で働く皆さんの参考としていただきたく、実際の施工でよくある失敗事例と対策を記載したものです。土工事、コンクリート工事、基礎工事の3分野を対象として事例を順次掲載していきますので参考としてください。

現場の失敗と対策

土工事、コンクリート工事、基礎工事の事例

土工事

2)盛土・軟弱地盤

2024/06/03

配筋ミスをした擁壁に対する対策

工事の概要とトラブルの内容

防潮堤を河川が横断する箇所にボックスカルバートを設置するにあたり、ウイングとして土留めL型擁壁が設置されている(図1)。L型擁壁は、河川の右岸側、左岸側、河川の上・下流側に4ブロックに分けて設置されている。高さは10mから4mまで変化しており、各ブロックは底版幅の異なる2つずつの擁壁で構成されている(図2)。

図-1 地底想定図と地下水位分布図図-1 地底想定図と地下水位分布図

それぞれ右岸下流ブロックの擁壁を①と②、右岸上流側ブロックを③と④、左岸下流側ブロックを⑤と⑥、左岸上流側ブロックを⑦と⑧とする。

基礎地盤は、深さ3m程度までN値10未満の軟弱層が存在しており、浅層改良による地盤改良が行われた。

当初の設計は特に問題もなく行われたが、人為的なミスにより、配筋図に誤った数値が記載されてしまい、そのまま施工が行われてしまった。

ミスの内容は、以下のとおりである。

擁壁高さの低い①,④,⑤,⑧の4基については、底版上部とつま先版及びかかと版先端にD16鉄筋を250mm間隔で設置することとしていたが、D13鉄筋を250mm間隔で配置してしまった。また擁壁高さの高い②,③,⑥,⑦の4基については、同じく底版上部とつま先版及びかかと版先端にD32鉄筋を125mm間隔で配置するべきところをD16鉄筋を125mm間隔で配置してしまった。

工事期間を通じてこのミスは発見されずに完工したが、施工から3年が経過したところで会計検査によって配筋ミスが発見された。

図-2 防潮堤平面図図-2 防潮堤平面図

施設管理者は、ただちに現地の調査を行ったが、防潮堤、ボックスカルバート、擁壁に目立った変状は発生していなかった。縦壁の変位についても施工後の測量結果から大きな変位は発生しておらず、ミス発覚後の動態観測でも変状は検知されなかった。

原因と対処方法

ミスの原因は極めて単純な記載ミスであり、ここでその発生原因と対策については詳細には述べない。

まず、配筋図をもとに実際の擁壁についての再照査を行った。

再照査の結果、躯体かかと版の曲げ応力度照査では、常時および地震時に許容応力度の2倍近い応力が発生してNGとなった。縦壁及びつま先版については許容値内に収まっている。この結果、常時および地震時に底版に許容値、降伏値を超える引張応力が発生することとなった。

せん断応力度については、縦壁、つま先版、かかと版ともに許容応力度内であった。

ここで施設管理者は有識者への技術相談を行い、助言を求めた。

有識者は、まず再照査では大幅に躯体強度が不足しているにも関わらず、施工後3年間の供用期間中及びミス発覚後の詳細調査でも異常が見つけられなかったことに着目した。このことは、照査で考慮されていない相当に大きな安全余裕が存在し、その範囲内で構造物の状態がとどまっていると考えることができる。補強を行うにあたっては、すでに供用中の施設に対する補強であることから、この通常の詳細では見えてこない安全余裕を洗い出すことを助言した。

有識者は、まず再照査では大幅に躯体強度が不足しているにも関わらず、施工後3年間の供用期間中及びミス発覚後の詳細調査でも異常が見つけられなかったことに着目した。このことは、照査で考慮されていない相当に大きな安全余裕が存在し、その範囲内で構造物の状態がとどまっていると考えることができる。補強を行うにあたっては、すでに供用中の施設に対する補強であることから、この通常の詳細では見えてこない安全余裕を洗い出すことを助言した。

そこで設計照査に用いる土質定数の設定に着目した。
当初設計では、土圧算定等に用いる土質定数としては、道路土工擁壁工指針1)などで述べられているc=0 φ=30°を用いていた。現地で土質試験を行ったところ、せん断抵抗角は33.6~41.0°、粘着力は4.8~12.0kN/㎡という結果が得られた。そこでφ=34°c=5.0kN/㎡を実際の土質定数であると設定して、再々照査を行うこととした。
次に擁壁の照査を行う際の断面設定に着目した。実際の擁壁は高さ4m~10mまで連続的に変化しており、中央付近で2ブロックに分離されている構造である。当初設計では、最も高い断面のみで照査を行っていたが、再々照査では8つのサブブロックを10の断片にスライスし、それぞれの断面で応力の照査を行うこととした。

その他にも様々な安全余裕が存在する可能性はあったが、もともと土構造物の安全余裕は材料やメカニズムの不確実性が大きいことへのフェールセーフでもあり、あまりにも安全余裕を見直すことは、大きな不安材料であるため、現地の状況や施工記録などをみて、土質定数だけに絞ることとした。

このような再々照査の結果、躯体応力の照査は、いくぶん状況は改善したものの8つのサブブロックのうちの6つで、かかと版引張応力度がNGとなっていたため、次の段階として補強対策を検討することとした(表1)。

表-1 かかと版引張応力度結果一覧

当初施設管理者は、以下の3案を検討した(表2)。

案1 背面掘削を行い、かかと版を増し厚補強
案2 擁壁背面に薬液注入を行い、土圧を軽減
案3 縦壁から背後にグラウンドアンカーを打設して土圧に抵抗
曲げ応力度の超過は第一に配筋不足が原因であるが、作用としては背後の裏込め土からの土圧が主であり、部分掘削により軽量材と裏込めを置き換え、土圧を軽減する方法が考えられたが、当該工作物は防潮堤であり、軽量材に置き換えた場合には浮力により防潮堤としての機能が損なわれる恐れがあるため候補から外している。

表-2 擁壁補強のための比較3案

案1 背面掘削を行い、かかと版を増し厚補強
案2 擁壁背面に薬液注入を行い、土圧を軽減
案3 縦壁から背後にグラウンドアンカーを打設して土圧に抵抗
案1は大規模な掘削が必要となり、経済性にも劣る案である。防潮堤上部は道路として利用されており、工事中は道路の全面通行止めが必要となるなど施工性にも劣る。
案2は、案1よりは施工性や周辺への影響は小さく、また経済性の観点でも案1に勝る。しかし薬液注入のためには上部道路の車線規制などが必要になること、経済性も案1よりは優れるものの、案3には劣る。
案3は3案のうちで経済性に最も優れ、かつ上部道路への影響も少なく、工期の制約が緩くなり、最も優れた案であると考え、再度有識者の意見を求めた。

有識者からの意見は次のようなものであった。

・グラウンドアンカーの支持力確保が困難。現地の基礎地盤は軟弱層であり、浅層地盤改良によって防潮堤と擁壁の安定に必要な支持力は確保されているが、グラウンドアンカーのような局所的な引き抜き抵抗力が確保できるかどうかは疑問である。

・設計計算では、土圧は安全側に大きく評価されている。実際の裏込め材には、粘着力などが作用しており、多くの場合、設計で考えるほどの土圧は発生していない。これは土構造物の設計で採用されている様々な照査式は、構造物の安定照査のために作られたモデルに基づいており、極限状態を考慮した安定性確認の用には耐えても、定常状態の土の挙動を表現するようにはなっていないためである。したがって、擁壁に実際に作用する土圧が、設計で想定している土圧よりも小さい可能性は高く、その場合、アンカー緊張力により、土圧と逆方向の曲げモーメントが支配的になる恐れがある

有識者の意見を踏まえ、事業者は、擁壁背面に薬液注入を行い、土圧を軽減することで対策を講じることとした。(図3、表3)

図-3 薬液注入工標準断面図図-3 薬液注入工標準断面図

表-3 薬液注入工の諸元

対策に基づいた照査を行った結果、躯体の曲げ応力は基準を満足した。

同様の失敗をしないための事前検討・準備、施工時の留意事項等

今回のケースは、単純な人為的ミスによって不適格な構造物を構築してしまったという実際に発生したミスと、最初のミスが発覚したのちに補強を検討する際に理論上は有効であるが実効性に難のある対策を講じようとした第二のミスが未然に防止された事例である。

最初のミスは、非常に初歩的なミスであり、かかと版上面の鉄筋量が不足したことは不適切であることは間違いない。その点については、事業を進めるうえで満足するべき基準値を満足していないという法的、制度的な問題は明らかである。

しかしながら、そもそも基準値とは、事業の目的を効率的に達成するために定められたものである。その観点からすると、基準値を満足しないという制度上の問題点と構造物が必要な安全性を有しておらず、事業としての目的を達成していないという問題は、同じものではない。基準値を満足していなくても現実的に実用上十分な機能を有するという構造物はあり得る。

上述の通り、土工構造物の安定性照査は、極限状態を想定したものであるが、土圧を含め非常に大きな不確実性を有する。そのための大きな安全余裕がとられているのは事実である。鉄筋量不足が判明したのちの再照査では、かかと版の鉄筋不足による躯体の曲げ応力が基準を満たしていないが、このことによる不具合を考慮すると、躯体の曲げ応力超過による破壊が生じる場合、かかと版上の土の重量による抵抗モーメントの不足が発生し、縦壁の前傾が生じると考えられる。しかしながら、当該現場では完成から三年が経過しているが目立った変状はなく、安全余裕により応力不足が吸収されている状態であると考えることもできる。であれば、薬液注入による対応という方針は保持しつつ、当面は対策を講じないまま現地での観測を行い、数年の安定の確認をもって、無対策での機能確保を確認する、という、いわば「執行猶予」のような対応もあり得たのではないか、と考えられる。もちろんそのような柔軟な対応が困難となったのは、きわめて初歩的な最初のミスがあり、かつそれが外部からの検査によって指摘されたという経緯の影響は大きい。きわめて初歩的な最初のミスが、硬直的な対応をせざるを得ない状況に追い込んだとしたら、それこそが三番目のミスであったかもしれない。

参考文献

1) (社)日本道路協会:道路土工擁壁工指針,平成24年9月

「現場の失敗と対策」編集委員会

編集委員会では、現場で起こりうる失敗をわかりやすく体系的に理解できるよう事例の形で解説しています。みなさんの経験やご意見をお聞かせください。

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