土木学会が平成12年に設立した認定制度──『土木学会選奨土木遺産』。顕彰を通じて歴史的土木構造物の保存に資することを目的に、500件を超える構造物が認定されています。
コンコムでは、たくさんの土木遺産の中から、最寄り駅から歩いて行ける土木遺産をピックアップし、「土木遺産を訪ねて─歩いて学ぶ歴史的構造物─」を不定期連載します。駅から歴史的土木構造物までの道程、周辺の見どころ等、参考になれば幸いです。
みなさんも旅のついでに少しだけ足を延ばして、日本の土木技術の歴史にふれてみてはいかがでしょうか。
認定年 | 平成24年度(2012年度) |
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所在地 | 愛媛県松山市 |
竣工 | 明治25年(1892年)ごろ |
選奨理由 | 上部煉瓦の積み方の工夫により直交しない道路上へのアーチを実現しており、130年経った今なお現役でその姿が市民に愛されている橋である。 |
認定年 | 平成24年度(2012年度) |
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所在地 | 愛媛県松山市 |
竣工 | 明治25年(1892年)ごろ |
選奨理由 | 開業時の軽便鉄道から普通軌道への改軌、電化、駅の設置等の変更を経ながら原位置にある鉄道用トラスとしては現役最古である。 |
もう一度松山市駅前に戻って、ここからは路面電車の軌道に沿って道後温泉まで歩きます。歩くこと約350m。お堀に突き当たります。「南堀端」松山城の南側の入口です。右折する軌道に沿って600m程進むと、左手に「愛媛県庁」があります。愛媛県庁本館は、国指定重要文化財でもある萬翠荘(ばんすいそう)等を設計した木子七郎(きごしちろう)の設計によるものです。昭和2年(1927年)に着工、昭和4年(1929年)に竣工。以降改築改修を行っているものの、外観全体は建築当初の意匠がほぼ保たれており、内部についても当初の間取や仕上げが残されているそうです。
建物の平面形状は、ドーム形の塔屋をもつ中央から東西に翼を広げ、さらに前後に突出させたH型を成していて、当時の都道府県庁舎では珍しい形状をしています。また、中央と両翼の窓枠を各階連続させ、頂部をアーチ状にし、2階玄関の車寄せを正面に大きくとり、御影石で装飾するなど独自性の高い外観も大きな特徴です。愛媛県庁本館は、建築当初の様相を残しながら、現役として使用されている都道府県庁舎としては3番目に古く、国登録有形文化財に指定されています。
県庁から約400m、路面電車の「大街道駅」を過ぎた辺りを左へ入ると商店街があります。両側に「鯛めし」などの名物が食べられる飲食店やお土産店が並ぶ商店街は、松山城へ登る「ロープウェイ・リフト乗場」へと続いています。ロープウェイなら約3分、一人乗りのリフトなら約6分で山頂駅「長者ヶ平(じょうじゃがなる)」へ登ることができます。長者ヶ平からは天守入口まで徒歩10分ほどです。料金は往復で520円、松山城天守の観覧には別途観覧券520円が必要です。なお、松山城にはロープウェイ・リフトを使わずに歩いて登ることもできます。ロープウェイ・リフト乗り場から少し坂を上がったところに階段があり、約30分で登ることができるそうです。体力と脚力に自信のある方はぜひ。
「大街道駅」へ戻り、再び軌道沿いに歩きます。次の電停「勝山町駅」を越え、一旦、軌道から離れ、最初の信号を右に入ります。約200mで「松山地方気象台」に着きます。松山地方気象台庁舎は昭和3年(1928年)に愛媛県立松山測候所として建築されました。構造は鉄筋コンクリート造で、外観は、玄関を備えた中央の層塔部、西側2階の陸屋根部、東側平屋建の切妻屋根部で構成され、左右非対称の独特なデザインが特徴です。平成18年(2006年)に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。松山地方気象台では、気象業務への理解を深めてもらうために「施設の見学」や「職員による出前講座」を実施しています。お申し込み方法等の詳細はホームページで確認してください。
軌道沿いに戻り北へ進み、最初の信号を住宅街へ右折します。100mほど歩くと右手にレトロな建物、「愛媛県教育会館」があります。愛媛県教育会館は、昭和12年(1937年)に建築されましたが、当時の記録によると総工費は76,490円。その費用は、当時の約6千人の教職員の月給の0.1%を5年間に渡って寄付したものを原資にしたそうです。ちなみに当時の教職員の月給は、平均60円でした。館内は板張りの廊下や階段等、当時の姿をそのまま残し、今も、子どもの権利や教職員の権利の維持向上を図る為に使用されています。なお、平成15年(2003年)には、国登録有形文化財(構造物)に登録されました。
ここからは再度軌道沿いに歩いて「湯築(ゆづき)城跡(道後公園)」と「道後温泉」をめざします。「湯築城跡(道後公園)」までは1kmちょっとで到着。「搦手(からめて)門」から入って左回りに進むと「湯築城資料館」「武家屋敷」がつづいています。資料館の入口には「日本100名城のスタンプ台」も設置されていて、城めぐりの記念に押す方も多いようです。「湯築城」は、建武2年(1335年)前後に河野通盛の代に築城されたとされています。以降約250年間にわたり、河野氏が居城としていました。慶長7年(1602年)、勝山(城山)に松山城の築城が開始されるまで、伊予の国の政治・軍事・文化の中心を担ってきました。
松山市駅に戻ったら、駅舎の地下道を通って反対側の南口へ向かいます。出口から左手に「伊予鉄道・横河原線」の線路が見えます。ここからいよいよ土木遺産をめざす行程になります。先ほどまでは路面電車の軌道に沿って歩きましたが、今度は線路に沿って歩きます。歩くこと約500m。線路から右に離れる坂を下ると、左手にレンガ造りのトンネルが見えます。これがひとつめの土木遺産『煉瓦橋(横河原線・第26号溝橋)』です。『煉瓦橋』の一番の特徴は、「ねじりまんぽ」と呼ばれる煉瓦の積み方で、斜めに交わっている鉄道の軌道と車道を上手く調整しながら交差させている点。
『煉瓦橋』をくぐり、右手の土手を上ると、鉄橋があります。石手川に架かるこの鉄橋がふたつめの土木遺産『石手川橋梁』です。『石手川橋梁』は、建設当初の場所で現役として利用されている最古の鉄道橋で、敷設当時(明治26年/1893年)の軽便鉄道(軌間762mm)から普通鉄道サイズ(軌間1,067mm)への改軌(昭和6年/1931年)、ディーゼル車からの電化に伴って増加した荷重に対応するための補強(昭和42年/1967年)、歩道橋の設置(昭和45年/1970年)、石手川公園駅の新設(昭和45年/1972年)といった改良を加えながら、130年経った現在も活躍しています。構造は、橋台と橋脚はレンガ造り、橋桁は鋼プラットトラスで、鉄橋の上に伊予鉄道・横河原線「石手川公園駅」のホームが設置された珍しい橋梁です。選奨土木遺産の銘板は、ホーム上の鉄橋部分に飾られていますのでお見逃しなく。
今回訪れた松山は、町中に「坊ちゃん」と「正岡子規」があふれていました。残念ながら土日祝のみ運行されている「坊ちゃん列車」には乗れませんでしたが、道後公園に隣接している「子規記念博物館」や松山市駅南口の「子規堂」は、少し寄り道にはなりますが訪れることができました。次回はぜひ週末に訪れたいと思います。
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