2016/06/28
日本の災害とこれからの防災について官民の専門家が集って意見交換を行う場「これからの日本を考える懇談会」が防災をテーマに開催されています。『コンコム/防災を考える』では、懇談会において取り上げられたテーマのうち、建設技術者の業務に関わるであろう話題について内容を再編集して掲載します。
今回は、河川と下水道対策に各10年間携わり、両者連携での究極の浸水対策を提唱されている、前 東京都下水道局 計画調整部 緊急重点雨水対策事業担当課長 中井宏氏が懇談会において発表された、ゲリラ豪雨に依る内水氾濫の抑止を目的とした具体的な諸策について再編集し、「東京下水道の歴史」と「河川と下水道の連携」の2回に分けてお届けします。
※「内水氾濫」とは、ゲリラ豪雨などの際に、排水路や下水管への雨水の短時間流入により管路の処理能力を超えることや、河川水位上昇により河川へ雨水が排出できなくなることによって、市街地が浸水する現象である。
東京の下水道普及は当初、衛生対策として捉えられていた。明治10年から衛生環境の悪化によるコレラが大流行したことがきっかけで、明治17年に神田地区で下水道設置を計画したが、資金不足により4kmの管渠を敷設したのみで中止となっている。この時に衛生環境の改善にはまず上水道という意見にシフトされていった。
その後大きな水害があり、明治41年に東京市下水道設計が作られ、下水道の普及に本格的に着手するとともに、東京の雨水対策がスタートした。神田下水道の時には「分流式」を検討していたが、東京市下水道設計では雨水と汚水を同じ管で流す「合流式」が採用された。現在では、合流式の欠点がクローズアップされることが多いが、当時の東京は「衛生環境の改善」と「浸水被害」の2課題を同時に解決する必要から合流式を採用していた。
東京市下水道設計での浸水対策の計画策定は、計画時間最大降雨量が31.7mm/hであった。その後、明治43年の大規模な水害を受けて、最大降雨量が50mm/hに変更(大正2年)され、現在に至っている。その時の雨水流出係数は0.5(降雨の半分が下水道に流入)である。その後昭和39年に、東京都内の下水道計画は変更され、新河岸・小菅・葛西が追加された23区部全域が計画区域となり、平成6年度末には23区部全域の下水道整備は概成100%となっている。
昭和56年7月におきた最初の都市型水害と言われる豪雨水害を受けて、昭和57年に「雨水再整備計画」が作られた。計画時間最大降雨量は50mm/hとそれまでと変わらないが、将来の都市化に配慮し、都内の芝浦・三河島・小台・砂町処理区の全域と新河岸・森ヶ崎処理区のポンプ排水区域については雨水流出係数を0.72〜0.77まで引き上げ、雨水処理を補強するというものである。具体的には、幹線やポンプ所などの基幹施設を増強し、一部自然排水区をポンプ排水区へ切り替え、ポンプ排水区に含まれない動水勾配の高い地質では地域の実情に応じて仮排水場などの整備を行った。
現在の50ミリ対策も、雨水流出係数の増加に対応するものとなっており、この「雨水再整備計画」は、現在の浸水対策のベースとなっているものである。
平成11年夏に浸水被害が連続して発生したため、これをきっかけに「雨水整備クイックプラン」が策定された。基幹施設の整備に加えて、早期に浸水被害を軽減するために、『できるところからできるだけの対策を行う』という方針で対応を図るものであった。
私は、当時河川担当であったが、この下水道のプランは素晴らしいと感心したのを覚えている。従来の下水道の浸水対策は、下水道幹線やポンプ施設などの基幹施設を整備するものであったが、河川が未整備であったり、下流側の下水道管が整備できなくても、浸水している箇所の下水道管を先に作って水を貯め、窪地などの浸水が起こる場所の被害を軽減するという方策などを組み合わせていくのがクイックプランである。河川の常識では「下流から整備をしていく」というものであったが、下水道のような機動力のある整備方法に感心したものである。
この『できるところからできるだけの対策を行う』という考え方は、現在も東京都の浸水対策に引き継がれている。東京下水道における浸水対策の基本的な考え方は、1時間50mmに対応する施設の整備をすることであるが、浸水が発生すると人命など大きな被害を起こす可能性のある大規模地下街では、1時間75mmにレベルアップしている。また、下水管の敷設は時間がかかるため、バイパス管の敷設や雨水舛の増設・グレーチング化など即効性のある対策も平行して実施している。
内水氾濫の特徴は、ゲリラ豪雨のような局地的な豪雨の際、河川の水位が上昇していなくても、管渠の水位が上昇し、動水勾配が上がってしまうことにより、くぼ地や坂下などで浸水することである。現在の浸水対策も、くぼ地・坂下を中心に浸水被害が起きた所や起きそうな所を重点地区に設定し、整備を進めている。例を挙げると、かって川だった所に蓋をして下水道にしている「蓋掛幹線」が都内には200km以上あるが、浅く埋設された「蓋掛幹線」が満水になると、川沿いの低地では雨水が流れ難くなったり、逆流したりして浸水被害が発生する。そのため、「蓋掛幹線」の下に新たな幹線を整備し、水をバイパスさせるというものである。それにより浅く埋設された幹線の水位を低下させ、1時間50mmの降雨に対して浸水被害を解消することができる。(図5・図6)
近年、東京では1時間50mmを超える雨は増加している。図7に、東京気象台の降雨状況の変化を示す。上側のグラフは、東京気象台の年間雨量(青線)と10年間の平均雨量(赤線)を示している。年度による降雨量の多寡はあるが、右肩上がりで年々降雨量が増加しているというわけではない。下のグラフは都内の観測所で1時間50mm以上の豪雨が観測された回数で、青線は発生率、赤線は回帰直線を表している。昭和53年は1時間50mm以上を観測したポイントは10%未満であったが、平成22年には20%以上の降雨観測所で50ミリ以上の降雨を記録しており、ゲリラ的な豪雨が増加してきている傾向がわかる。
写真1は、平成25年7月の大田区上池台の浸水被害の事例である。この場所は地盤が低いため、周囲から水が集まりやすく、昔から浸水被害が起きやすい場所であった。浸水はガードレールからわかるように50〜60cmになっている。この道路沿いには商店が集まっており、間口が低いため多くの床下浸水・床上浸水被害が出た。この時の雨量は1時間100mm以上であったが、総雨量も100mm程度であった。つまり、瞬間的な降雨(=ゲリラ豪雨)だったということである。
平成25年にはこのようなゲリラ豪雨が多発し、都内でも700棟以上の浸水被害が出た。この浸水被害を受け、下水道局では地下街以外の市街地 においても、1時間50mm以上の降雨に対して浸水被害を軽減する対策に踏み出した。これが「豪雨対策下水道緊急プラン」である。
この中で、50ミリ拡充施設整備地区は、すでに計画中の施設整備を出来る限り前倒しし、ピンポイントで作った既存の貯留管・雨水調節池の活用など、既存の下水道管と新たな対策幹線を組み合わせ、1時間50mmを超える降雨に対して浸水被害を軽減するものである。仕事の前倒しと、既存のストックをプラスαで使うという50mm拡充対策地区という新たな考え方により、都内6地区が対象となっている。
また、平成25年の豪雨で、一定規模の床上浸水が集中して発生した地域では、市街地においても、1時間75mmの降雨に対応できる施設を整備することを決定し、現在都内の4地区が対象になっている(市街地対策地区)。平成28年度中に着手する予定である。地下街対策についても「クイックプラン」での4地区から9地区(新宿駅、渋谷駅西口、渋谷駅東口、池袋駅、東京駅八重洲口、東京駅丸の内口、新橋・汐留駅、銀座駅、上野・浅草駅)に増やしている。
浸水対策施設は、大規模(直径数m)・大深度(地下数10m)の工事であり、場合に依っては、1本の地下鉄を掘るのと同じくらい莫大なコストがかかる。完成までに10年から20年程度の期間が必要となる場合もあるため、早期に事業効果を発現させる工夫が必要になってくる。1時間50mm拡充対策地区(6地区)と75mm対策地区のうち、市街地対策地区(4地区)の一部完成した施設を暫定的に稼動させ、東京2020オリンピック大会前までに効果が発揮できるようにしていく。今後、1時間50mm以上の降雨があり、その結果多くの床上浸水被害が出た場合は、75mm対策地区の増加を検討しなければならないであろう。
「豪雨対策下水道緊急プラン」では、50mm対策地区は35地区、50mm拡充対策地区は6地区、75mm対策地区のうち地下街対策地区は9地区、市街地対策地区は4地区という地区を選定し、重点的に浸水対策を行っている。
「面的」に行っている地区も一部あるが、重点的に浸水の起きやすい所、かつて浸水が起きた所に絞って進めているのが現在の東京都下水道の取り組みである。現在、東京23区で1時間50mm対策の進捗率は約7割。1時間75mmの進捗率は、まだ地下街の4地区しかできていないので、進捗率として表すまでに至っていない。これが東京浸水対策の現状である。
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