2017/06/29
日本の災害とこれからの防災について官民の専門家が集まって意見交換を行う場「これからの日本の防災を考える懇談会」が防災をテーマに開催されています。『コンコム/防災を考える』では、懇談会において取り上げられたテーマのうち、建設技術者の業務に関わる話題について内容を再編集して掲載します。
今回は、国土交通省 水管理・国土保全局 治水課長 泊 宏氏が発表された「スーパー堤防(高規格堤防)~現状と課題~」を再編集してお届けします。
スーパー堤防(高規格堤防)は、荒川、淀川等背後に人口、資産が高密度に集積した低平地(特にゼロメートル地帯)を抱える大河川において、堤防決壊による壊滅的な被害を回避するため、まちづくりや土地利用転換に合わせて、通常の土地利用に供しても越水に耐えることができる幅の広い緩傾斜の堤防で、昭和62年から6河川(利根川、江戸川、荒川、多摩川、淀川、大和川)で整備を進めてきた。
図1は、東京の地盤の高さを示したものである。京浜東北線のあたりを境に西側が台地、東側が低地となっている。このような低地に荒川、江戸川、隅田川が流れている。東京の低地を流れる荒川には、図2の写真のように高さ約10メートルの堤防がある。
図3のように東京は、荒川、江戸川、隅田川の洪水時の水位よりも低いところに市街地が形成されている。これに対して、ロンドンはテムズ川より高いところに市街地が形成されている。この関係はパリとセーヌ川でも同様である。さらに、東京には地盤の高さが標高ゼロメートルより低いところもある。
図4の淡青色は東京湾の満潮時より地盤高が低い場所を、濃青色は干潮時より低い場所、すなわち、常に東京湾の海面より低い土地であることを示している。このようなゼロメートル地帯はなぜできたのか。図5に示すように、地下水のくみ上げ等が原因で地盤沈下が生じている。最も沈下した地域は、明治の終わり頃から昭和の終わり頃にかけて約4.5メートル沈下している。現在では、地下水の採取を規制し、地盤沈下は収束しているが、ひとたび沈下した地盤は元には戻らない。
高さ10メートルの荒川の堤防が決壊すると、どうなるのか。図6は、近年における各地の浸水被害の写真である。平成27年の関東・東北豪雨で茨城県常総市において鬼怒川の堤防が決壊した映像がニュース等で放映されたのは、記憶に新しいところである。ゼロメートル地帯で荒川の堤防が決壊するようなことが起これば、長期間にわたって湛水が続くおそれがある。さらに、図7のように東京のゼロメートル地帯には市街地が密集しており、浸水すれば甚大な被害が予想される。
東京を例に紹介してきたが、図8のように大阪にもゼロメートル地帯が広がっている。
図9の上の図は従来の堤防である。スーパー堤防(高規格堤防)は、図9の下の図のように、従来の堤防と比較して幅の広い堤防で、堤防の高さの約30倍の幅がある。スーパー堤防(高規格堤防)は、原則として用地買収をせず、土地の所有権等はそのままで、堤防上に建物を建てたり、人が住んだりすることが可能である。
スーパー堤防(高規格堤防)は、越水しても堤防上を緩やかに水が流れることで、堤防の決壊を防ぐ。また、土でできている従来の堤防は、水が浸透することにより決壊することがあるが、堤防幅を広く取ることで、堤防斜面・内部の侵食による決壊を防ぐ。加えて、スーパー堤防(高規格堤防)は地盤改良を必要に応じて行い強い地盤とするため壊滅的な被害を防ぐ。さらに、災害時には住民の避難場所等として活用ができる。市街地再開発や区画整理などのまちづくりと共同事業で実施することによって、安全で快適な空間を創出できる。
スーパー堤防(高規格堤防)は、表1のように、昭和の終わりに事業が創設され、平成の始め頃にかけて法制度等が整備され、事業を実施してきた。
スーパー堤防(高規格堤防)の主な事例を紹介する。
小松川地区では、木造住宅が密集し、工場等があった地区であった。東京都が行う大規模な市街地再開発事業等と連携してスーパー堤防(高規格堤防)を整備した事例である。ゼロメートル地帯は、スーパー堤防(高規格堤防)の整備によって、荒川の堤防とほぼ同じ高さに盛土した。整備前は木造住宅等が密集し、道路整備が遅れ、生活環境が悪化していたが、まちづくりとあわせて公共施設等も整備された。
小松川地区の中央にある公園は災害時に20万人の避難場所、防災拠点として活用できる。地域では住民が自主的に防災訓練を実施している。また、高規格堤防上に植樹された桜は新たな名所となっており、地域の交流が促進され、住民に憩いと安らぎを提供している。
平井七丁目地区は比較的小規模な土地区画整理事業と連携した事例である。密集していた木造住宅等を撤去し、スーパー堤防(高規格堤防)の整備によって盛土を行い、その後、盛土上に街並みが整備された。
新田地区は大規模な工場の移転に合わせてスーパー堤防(高規格堤防)を整備した事例である。堤防沿いにあった工場が撤去され、スーパー堤防(高規格堤防)により盛土を行い、その後、都市再生機構等により新しい街並みが整備された。
鹿浜地区は公園事業と連携してスーパー堤防(高規格堤防)を整備した事例である。
出口地区は民間事業者のマンション建設と連携してスーパー堤防(高規格堤防)を整備した事例である。
スーパー堤防(高規格堤防)は平成22年に事業仕分けによって一旦廃止とされ、その後に検討を行い、「人命を守る」ということを最重視して、整備区間を従来の約873kmから「人口が集中した区域で、堤防が決壊すると甚大な人的被害が発生する可能性が高い区間」であるゼロメートル地帯等の約120kmに限定することとなった。
平成23、24年度予算は、継続事業については最小限の措置とし、新規事業には着手せず、その後、平成25年度に2地区、28年度に3地区で新たに予算を計上し、整備を実施してきている。
北小岩地区は平成25年度からスーパー堤防(高規格堤防)の整備を行った地区である。江戸川区が行う土地区画整理事業と連携してスーパー堤防(高規格堤防)を整備した。
酉島地区は平成28年度からスーパー堤防(高規格堤防)の整備を行っている地区である。大阪市が行う市営住宅と連携してスーパー堤防(高規格堤防)を整備する。
阪神高速大和川線地区では、堺市等が所有する用地を先行的に盛土して移転先とすることにより、仮移転が極力不要となるよう進めている。これにより、二度移転で必要となる仮移転費用や仮住居費用を縮減できるとともに、仮移転に伴う住民の負担を軽減することができるようになる。
最後に、スーパー堤防(高規格堤防)を推進していく上で、現時点における私の問題意識について、お話させていただく。
スーパー堤防(高規格堤防)によって盛土された土地の上は避難場所や防災拠点として活用が可能である。また、安全で快適な空間を創出することができ、多様な効果がある。「堤防」という名称であり、これまでに、連続していないと意味がないとの指摘がある。スーパー堤防(高規格堤防)が有する意義をどのように捉え、伝えていくかを考えていかなければならないと思っている。
近年、整備が進んでいる地区もあるが、そうでないところも多い。様々な主体と連携してきた事例を紹介してきたが、調整が不調となったケースも多い。特に、問題となるのは、民間事業者等のスピードに河川管理者側が追いついていけない場合がある。そのため、スピーディかつ段階的に調整していくしくみを検討していかなければならないと考えている。最近は地方公共団体が行う市街地整備事業と連携する事例が多いが、民間事業者との連携も重要である。まちづくりのインセンティブとなるような方策や共同事業者としてメリットをそれぞれが享受できることが重要であり、連携を推進していくためにどのように工夫していくかを考えていかなければならない。
コスト縮減や工期の短縮を図ることも重要である。方策としては前述のまちづくりとの連携と重なるところもあるかもしれない。うまく連携できるしくみとすることによって、コスト縮減や工期の短縮を図ることが可能となる場合もあると思う。
スーパー堤防(高規格堤防)の意義を整理し、まちづくりとの連携やコスト縮減や工期の短縮のための仕組みの改善や体系化等を進め、幅広い関係者と共通認識を持つことができるような取り組みを進めていくことが重要であると考えている。
ゼロメートル地帯に人口、資産が集積している現状を考えると、壊滅的な被害を回避していくことは極めて重要である。治水対策をより一層推進していくよう、引き続き努力してまいりたい。
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