2016/07/28
日本の災害とこれからの防災について官民の専門家が集って意見交換を行う場「これからの日本を考える懇談会」が防災をテーマに開催されています。『コンコム/防災を考える』では、懇談会において取り上げられたテーマのうち、建設技術者の業務に関わるであろう話題について内容を再編集して掲載します。
前回に引き続き、懇談会において東京都下水道局 計画調整部 緊急重点雨水対策事業担当課長 中井宏氏が発表されたゲリラ豪雨による内水氾濫の抑止を目的とした具体的な諸策のうち、「河川と下水道の連携」を再編集してお届けします。
近年における都内の浸水被害の多くは、下水道の能力を超える降雨で起こる内水氾濫によるものである。内水氾濫は、雨水が下水道に流入する時間が短いことから、短時間あたりのピーク雨量(ゲリラ豪雨)に影響を受ける傾向がある。一流域の氾濫面積は小さいが、多くの箇所で同時発生する場合があり、くぼ地や坂下などに現れる傾向がある。
外水氾濫は、長時間かつ大量に雨水が河川に流入することで河川の水位が上昇し、堤防の破堤や溢水によって浸水するものである。総降雨量に影響を受ける傾向があり、堤防が破堤すると大規模な被害になる場合が多い。平成27年9月の関東・東北豪雨は総降雨量が非常に多く(栃木県日光市五十里観測所で、観測開始以来最大の24時間雨量551mm)、典型的な外水氾濫による浸水被害であった。2つの台風からの継続的な暖湿流の流入による多数の線状降水帯1)の発生が要因であり、この時線状降水帯は河川の真上を通っていた。河川が影響を受けやすい降雨パターンは、雨雲が上流から下流に向かって移動していく時で、こういったパターンの降雨では洪水になる可能性が高まる。
1)線状降水帯:線状の降水帯(雨雲の連なり)のことで、一定の場所で積乱雲が次々と発生し、集中豪雨をもたらす。
最近の東京では極端な局地的集中豪雨が発生している。図1は平成26年6月29日の渋谷橋雨量観測所のデータである。20分で40mmの雨が降っているが、その前後に降雨は全くない。降雨強度では時間110mmに相当する、内水氾濫を起こす典型的な降雨であった。これらの対策に河川と下水道がどのように連携すべきなのかが問われている。
雨のパターンには、総降雨量は少ないが短時間でピークがくる雨と、長時間降り続く雨がある。短時間でピークがくる雨は、内水氾濫を起こしやすく、長時間の降雨は外水氾濫として現れやすい。これらの対策に、下水道よりも広い流域(キャパシティ)を持つ河川の施設能力を活用することが想定される。内水氾濫・外水氾濫それぞれの場合にあわせた施設の使い分けが必要になるが、現在では降雨パターンが高い精度で予測されつつあるので、降雨パターンの予測と施設の有効活用が上手くリンクされるのではないかと予想している。これが河川と下水道の連携における一つの着眼点である。(図2)
この方策は、河川や下水道関係者の中ではポビュラーな考え方であるが、河川と下水道の経験者である私には私案がある。中井私案として方策2をご紹介する。キーワードは、「内水氾濫対策必須箇所の河川流下能力向上」である。私が河川を担当していた平成12年頃は、河川から水が溢れるケースが少なくなっていた。平成11年に立会川で洪水があったが、神田川で洪水があったのは平成5年で、しばらく外水氾濫はなかった。しかし内水氾濫は多発していた。当時東京都の財政は危機的状態にあり、予算担当部署から「外水氾濫は起きておらず、内水氾濫ばかり起きている。当面は河川の整備をするよりも下水道に重点化した浸水対策を行うべきではないか」と言われたことがある。下水道は「クイックプラン」を策定し、ピンポイントで効果的な浸水対策を行っている時期であった。その時に河川担当者として「内水氾濫に目を向けていかなければ、河川担当として役割を果たせないのではないか」と思った。その時の思いを具現化したものが方策2である。
流下能力の向上などの河川整備は下水道整備より時間がかかる。河川の下流で流下能力が不足している箇所があると、内水氾濫をおこしている箇所の水を思うように河川にはくことができなくなる。内水氾濫対策を優先しようとする場合には、内水氾濫の水を貯留しておく雨水調整池や貯留管が必要になってくる。これを河川と下水道でトータルでみて最適な整備ができるようにすれば、施設整備への投資を最適化することができるのではないかというのが、河川担当時の強い思いであった。
自然排水地区(ポンプの力を借りずに水を河川に流せる地区)において、地形が急峻な台地の低地部では、河川水位が上昇すると排水が困難になる。このような場合に、河床掘削をして河川水位を下げることが方策3である。河床を下げても計画高水位は変化しないが、大雨時の河川水位が下がるため、内水氾濫対策の効果が促進される。その考え方を発展させると、河川沿い低地の排水対策には、既存の雨水調整池に小型排水ポンプを設置し、河川水位により排水運転の制御を行うことで、雨水調整池の容量を有効活用できるのである。
河川と下水道の連携は、河川調節池と下水道幹線の連結が典型だと思っている人が多いが、私は河川と下水道のそれぞれのストックをいかに有効に、かつ効率的に使用していくかが河川と下水道の本当の連携だと思っている。東京都では河川と下水道の人事交流を行っているので、このような考え方はかなり浸透するようになったが、もっと取り入れて整備を進めるべきではないかと思っている。
東部低地帯は起伏があまりない低平地である。過去には、経済活動による地下水汲み上げで激しい地盤沈下が発生し、最大4mもの地盤沈下をした地域もあったが、昭和50年代に入り地下水の汲み上げは停止され、現在地盤沈下は止まっている。東京区部の地形は図4に見られるように色の濃い部分が地盤の低い所で荒川や江戸川が流れている。最も地盤の低い所は都営新宿線東大島駅周辺でA.P.-1.0mで東京湾の干潮時より1mも低い。少し色の薄い地域は、A.P.+2.0mであるが、この地域も東京湾の大潮の満潮時よりは低い地盤であり、これらを0m地帯と総称している。都内にこれだけの0m地帯が広がっているのである。
東部低地帯の浸水対策の変遷をみると、昭和24年のキティ台風による浸水被害が挙げられる。100cm〜200cmも浸水した地域もあったが台地部分は浸水していない(図5)。キティ台風は高潮災害であり、台地部分はあまり浸水被害を受けなかったため、「低地帯と言えば浸水」というイメージがあった。図6は昭和33年の狩野川台風による浸水被害である。この時には東部低地帯ばかりでなく台地もかなり浸水被害を受けた。練馬区、中野区、杉並区、世田谷区などである。この台風により、中小河川の整備が始まるきっかけになった。狩野川台風の時にも、東部低地帯は大規模な浸水被害を受けている。しかし、平成17年の水害は近年東京で発生した水害の中では規模の大きいものであったが、過去の水害と比較すると浸水面積が少なく、東部低地帯は被害を受けていない(図7)。この水害では西部地域にある川沿いの地盤が低い所に浸水被害が集中していることがわかる。近年の局地的集中豪雨による被害も、地形に起伏がある台地部(渋谷区、世田谷区、大田区、中野区、杉並区など)で多発している。自然排水地区の河川沿いの低地では、河川水位が上昇すると排水が困難になることがある。現在は区ごとに大雨洪水警報が発令されるが、東部低地帯より西部地域に出される警報の方が時間的に早く出ており、低平地は局地的集中豪雨では比較的被害が少ない傾向がある。
過去に台風による浸水被害が頻発していたため、東京東部の浸水対策は低地における高潮対策に重点が置かれた。高潮対策として、以下に対応する防潮堤などの整備を実施し、概成している(現在はこれらの耐震対策が主な事業で、治水対策としてはほぼ終了している)。
1.伊勢湾台風が最悪のコースで関東を直撃した場合の高潮をシミュレーションしている。
2.過去に東京を襲った最大の高潮(大正6年のA.P.4.2m)よりも約1m高い潮位を想定している。
東部低地帯は河川と下水道の整備により高い治水レベルを持つようになり、浸水被害が激減しているのが現状である。
ところが、総降雨量が非常に多くなり、河川や下水道施設の機能が損なわれる(堤防からの溢水や破堤、ポンプ機能停止)ことになれば甚大な被害が予想される。東部低地帯はレベルの高い整備が行われているが、それは「堤防」という砦に護られているからであり、堤防が壊れた時には被害として非常に大きくなる可能性がある。
東京都にはポンプ排水区(ポンプの力を借りなければ内水を排除できない)と自然排水区(ポンプの力を借りずに水を河川に流せる地区)がある。図8の青いラインを境に自然排水区とポンプ排水区とに分かれており、東部低地帯はポンプ排水区にあたる。河川より地盤が低い地域のため、ポンプなしには内水を排除できないのである。この地区は文明の利器を使って安全を享受している。低地帯は内水氾濫に対しては台地より比較的強いといえる。
東部低地帯の下水道において警戒すべきは、局地的集中豪雨よりも、広範囲にわたる大量の降雨により引き起こされる外水氾濫である。破堤により数mの浸水が想定されており、ポンプ排水機能の確保が重要である。現在、下水道ポンプ施設は耐水化を実施中で、平成28年度には完了予定になっている。
東京都下水道局施設の耐水化の基準は、想定津波高で決定されており、これは耐震対策の一環として行っている。東部低地帯は堤防により守られており、治水対策としては完結しているというのが前提になっているが、地震により堤防が損壊し津波が襲来したとしても、排水機能を守るために防水扉・止水板の設置や換気口の高さを上げるなどの耐水化も実施している。河川堤防も耐震整備をレベル2地震動2)で実施しており、下水道施設の耐震化・耐水化と河川堤防の耐震整備と2重に安全性をとっているという考え方で行っている。
2)レベル2地震動:構造物の耐震設計に用いる入力地震動で、現在から将来にわたって当該地点で考えられる最大級の強さをもつ地震動。
しかし、大河川の外水氾濫のような大規模水害を想定した場合、浸水深は想定津波高よりも最大で3m以上高い水位が予想されている3)。下水道のポンプ所は施設数が多く(低地帯だけで約60箇所)、市街地にあるものも多いため、全ての施設について耐水化をさらにレベルアップすることは困難である。また、電気室・ポンプ施設ともに重量(100t〜300t)があり、上層に上げることも困難である。加えて、破堤して河川の水が流れ込むことにより、施設が受ける被害は「浸水」だけではなく、がれきや泥が大量に下水道管に流入することも予想される。下水道のポンプは揚程が高い(数十m)ため、ゴミや泥を吸い上げると故障の原因になる。ゴミ等の不純物をシャットアウトしないとポンプの故障になり、復旧まで時間がかかることになる。浸水が何mも滞水している時に、下水道のポンプが稼動できる所がどれだけあるのだろうか。これらの支障を除去するには、相当の手間と日数を要する可能性がある。これも現在検討している課題であり、ハード対策の強化だけではなく、機能回復手順も併せて検討しておく必要がある。滞水の排水については各管理者が互いに連携して考えなければならない。
3)平成22年中央防災会議 シミュレーション
1.荒川上流が破堤(想定堤防決壊場所:右岸21km 東京都北区志茂地先)
荒川右流低地は氾濫するが、隅田川に挟まれた東側(江東デルタ)は浸水しない。浸水深最大5m以上
2.江東デルタで破堤(想定堤防決壊場所:右岸10km 東京都墨田区墨田地先)
江東デルタが氾濫するが、隅田川の西側、荒川の東側は浸水しない。破堤箇所にもよるが、低地帯は浸水深最大5m以上
下水道のポンプ機能が壊れると、その地域には住めないことになる。仮に数mもの滞水を排水できたとしても、下水道のポンプ施設が機能を失っていると少しの降雨でも水浸しになり、下水道の汚水処理も使用することができなくなる。これらの課題の検討が、現職のポストで私が最も頭を悩ませていることである。
大規模水害の課題に対しては、あらゆる方面から検討していかなければ課題の解決にはならないと感じている。河川と下水道の経験から二つの視点で検討できることもあるので、それを現在のポストの中で活かせていければと考えている。
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