2019/03/29
日本の災害とこれからの防災について官民の専門家が集まって意見交換を行う場「これからの日本の防災を考える懇談会」が開催されています。『コンコム/防災を考える』では、懇談会において取り上げられたテーマのうち、建設技術者の業務に関わる話題について内容を再編集して掲載します。
今回は、東京都江東治水事務所 高潮工事課長 西村 行正氏が発表された「東京都におけるスーパー堤防整備」を再編集してお届けします。東京都における整備の経緯と実現への諸工夫についてお話を頂きました。
東京では、「東部低地帯」(ゼロメートル地帯)250km2に約300万人が生活している。東京高潮対策促進連盟加入13区(中央、港、台東、墨田、江東、品川、大田、北、荒川、板橋、足立、葛飾、江戸川)377km2には約500万人が居住している。特に、標高が低い荒川と隅田川の間の江東デルタ地帯は、干潮時でも海水面より低い土地が広範囲に広がっている。
江東デルタ地帯を流れる小名木川では、地盤と護岸の沈下が重なり、コンクリート護岸の嵩上げを繰り返し行っているが、度重なる嵩上げにより護岸が構造的に脆弱化し、地震が発生した際には崩壊して水害の危険があった。
実際に1949(昭和24)年のキティ台風(高潮)、1958(昭和33)年の台風11号では堤防決壊による洪水等があり、1971(昭和46)年から江東内部河川整備事業に着手、特に地盤の低い東側の河川については、北十間川樋門と扇橋閘門等により江東内部河川を荒川などの周辺河川から締め切り、揚水ポンプ等による水位低下対策を行った。
足立区千住地区では下水道が整備される以前は、大雨や台風のたびに道路が30〜40cm冠水した。浸水害を経験してきた古くからの住民は住宅を建て替えた際に50cmほど宅盤の嵩上げを行った。最近に新築された住宅は道路面と同じ高さで建てられており、その違いに水害の歴史が感じられる。
写真3は足立区と北区にまたがる隅田川の新田地区で、スーパー堤防が整備された様子である(写真右側:国が荒川区と一体的に整備)。対岸はUR都市機構の豊島団地である。カミソリ堤防と不評だったコンクリート堤防が緑の堤防に生まれ変わり、治水の安全性に加え環境も大幅に改善された。治水・環境・景観等の観点からも、スーパー堤防が最終的な堤防であると考えている。
1910(明治43)年の洪水を契機として荒川放水路整備が国により実施され、1938(昭和13)年の高潮被害を契機として中川放水路(新中川)等改修工事が実施されている。1959(昭和34)年の伊勢湾台風被害を契機に東京高潮対策事業が開始されたが、同台風級の高潮(AP+5.10m)への対応が防潮堤事業の根本対策となっており、1975(昭和50)年に現隅田川防潮堤が概成した。
江東再開発基本構想は、江東地区の災害対策、生活環境の改善を図るため1969(昭和44)年に策定された。東部低地を「震災からどのように守るか」という構想のもと、公共用地、工場跡地等を避難広場として活用・整備しようとするものである。
この構想に基づき、白鬚(東地区・西地区)、四つ木、亀戸・大島・小松川、木場、両国、中央(猿江地区・墨田地区)の6地区が防災拠点として示された。この防災拠点の中で、白鬚(東地区・西地区)と亀戸・大島・小松川地区の再開発事業が、後のスーパー堤防事業に展開した。
1)答申の概要
「江東防災総合委員会」(建設大臣諮問)は1971(昭和46)年に、内部河川・下水道・防災拠点・避難通路整備の各構想を提案した。69年±13年周期で1923(大正12)年の関東大震災級の大地震が起こるという当時の説のもと、江東地区の人口・産業の集中に依る大震災の潜在的な危険性の高まりを踏まえた防災事業に関する基本方針についての答申であった。
2)現在の施策との関連
1969(昭和44)年当時、すでに人工地盤または盛土により地盤を高くすることで水害に対する安全性を高めるという発想が示されている。
避難交通路整備の構想は、東京都の「木密地域不燃化10年プロジェクト」の「市街地の不燃化促進」、「延焼遮断(特定整備路線)」に帰着している。
内部河川及び下水道整備の構想は、内部河川(荒川と隅田川に挟まれた江東デルタ地帯を流れる旧中川、大横川、大島川西支川、大横川南支川、北十間川、横十間川、仙台堀川、平久川、小名木川、竪川、越中島川の11河川の総称)の「水位を下げる」ことにより安全性を確保するという逆転の発想と「耐震護岸」整備の組み合わせである。
下水道整備の構想では、老朽化した下水道施設の再整備や補強による内部河川の安全性向上を目指している。1995(平成7)年に東京区部の下水道普及率が100%となり、70mm超降雨時の地域的冠水を除き、浸水被害は無くなっている。
河口部沖積層低地の液状化による大被害を受けた1964(昭和39)年の新潟地震が、堤防の耐震を考える上で大きな契機となった。1974(昭和49)年、都知事の諮問を受けた「低地防災対策委員会」が「東部低地帯の主要5河川(隅田川、中川、旧江戸川、新中川、綾瀬川)は、大地震に対し、安全かつ環境に配慮した緩傾斜型堤防とする」と答申し、1980(昭和55)年に白鬚地区防災拠点の事業に着手した。
1985(昭和60)年には補助事業が創設され、都のスーパー堤防整備事業がスタートした。スーパー堤防は背後地開発との一体整備により、従来のカミソリ堤防に比べ安全と環境が一層向上するものとして事業化された。中央区の新川地区がそのスタートとなり、当初は直営での設計であった。1987(昭和62)年には、スーパー堤防の一部となるテラス(根固め部)を先行整備する隅田川のテラス整備事業に着手した。これにより既設コンクリート堤防の耐震化が進み、テラスが連続的に整備されることで、開放的な親水空間が広がることになった。現在では、スーパー堤防やテラスでランチをとる人々や散策を楽しむ人の姿が見られるようになり、川に背を向けていたビルも徐々に川を向くようになってきた。
スーパー堤防の整備は①大規模な再開発事業との連携、②小規模事業開発との連携、③大規模工場移転に伴う事業、④公園事業等との連携を通じて、30年以上実施してきた。
スーパー堤防の整備事例に関しては何度か取り上げてきたが、未紹介で特徴的な整備事例を下記に紹介する。
石川島播磨重工業(株)工場跡地再開発、リバーシティ21まちづくりと一体整備した。
アサヒビール工場跡地を同社本社ビル、隅田区役所、オフィスビル、UR都市機構の住宅として再開発した。
団地の更新と環境整備、公園の再整備とを一体整備した。
製薬工場跡地に区の防災拠点「東立石緑地公園」、喫水線2mの「防災船着き場(固定式/数箇所)」を設置した。
スーパー堤防整備事業を円滑に進めるために、これまで整備されてきた地域では他の事業と連携するなどし、スムーズな事業推進策がとられてきた。
具体的な事例については前回の
「【コンコム/防災を考える〜第七回】スーパー堤防 〜現状と課題〜」
を参照いただきたい。
1)意義の普及
スーパー堤防により、高台(A.P7m程度)の土地がまとまってできる。これは台風や津波による浸水時に避難できる人工高台「命山」となる。しかし「堤防」という名称であれば、繋がらないと意味がないという意見もある。点での整備を線の整備、面の整備へと発展させることの重要性をいかに伝えていくかが課題である。
2)まちづくりとの連携
事業を推進していくために、どのような工夫が良いのか検討している。他事業との連携による成功例もあるが、一方で上手くいかなかった事例もある。連携において特に問題になるのは、民間の要求スピードに行政側が追いつかない場合である。民間のマンション開発の場合、銀行融資を受ける時点で完成時期が確定しているケースが多く、行政サイドから整備事業との協働を提案しても、スケジュール面で調整がつかず、実現に至らないケースがある。スピーディーかつ段階的に調整していけるように、現在の仕組みを改善していくことが必要である。
また、市街地整備との連携は、市街地再開発や区画整理事業、公園整備等の公共事業と連携を円滑にすることで更に進むと思われるが、国・自治体共に財政的に難しい時期にあり、高コストとの指摘もある。税金の支出を抑える仕組みには民間との連携が大切になってくる。行政サイドも十分な資金を拠出することが難しい現状の中で、民間に多額の資金提供を望むことも出来ず、事業を推進していくには、双方にメリットが出るような仕組みを検討していかなければならない。工期短縮、コスト縮減への取組は、他事業との円滑な連携を進めるうえで不可欠である。
3)幅広い関係者との共通認識
まちづくりとの連携や工期短縮、コスト縮減といった課題に対し、仕組みを改善し体系化を図ったうえで、幅広い関係者へPRやプロモーションを行う必要性を強く感じている。安全な国土づくりと、住みよいまちづくりに向けた積極的なアプローチが必要である。
4)特徴の理解と整備するメリットの明確化
従来の河川堤防とスーパー堤防の特徴を示す。これら特徴を理解した上で、導入の判断が必要である。
現在においては、大規模な再開発事業を実施することは容易ではない。しかし、先人たちの構想とこれまでのスーパー堤防整備は無縁ではない。数十年単位ではなく数百年単位の長期的な視点を持って取り組むことが治水に係る者の使命である。
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