2019/03/29
日本の災害とこれからの防災について官民の専門家が集まって意見交換を行う場「これからの日本の防災を考える懇談会」が開催されています。『コンコム/防災を考える』では、懇談会において取り上げられたテーマのうち、建設技術者の業務に関わる話題について内容を再編集して掲載します。
今回は、東京都江戸川区土木部計画調整課長 山口正幸氏が発表された「北小岩一丁目東部地区におけるまちづくりについて」を再編集してお届けします。国・都・区の協調、街づくりとの一体化、紆余曲折を経た合意形成は、スーパー堤防事業やその他の公共事業遂行のモデルとなります。
対岸の市川市が緑豊かで安全な地区であるのに対し、江戸川区の7割はゼロメートル地帯である。今回紹介する、江戸川右岸の北小岩一丁目東部地区は、千葉街道(国道14号線)とJR総武本線に挟まれた南北約100m、東西150m、面積約1.4haに建物数93棟(80%が木造住宅)が密集する地区である。
北小岩一丁目東部地区の「江戸川高規格堤防整備事業/2013年度」は、江戸川区と国土交通省関東地方整備局との共同事業で、2017年3月に堤防が完成、引き続き江戸川区の土地区画整理事業(2017年度)が行われている。
上記実現過程の2004年~2006年の3ヶ年、下項の政策実現を目的とした大規模な広報活動を実施した。
①都市計画道路補助283号線(図1青線部)を約2km整備して、江戸川のゼロメートル地帯を守る「スーパー堤防」 の骨格とする。
②京成線江戸川駅周辺に広がる密集市街地の改善を図る「土地区画整理事業」を通じた街の活性化。
この間に、「既にある立派な堤防が壊れるわけがない」という地元住民の反対の声がある一方、脆弱な都市基盤を何とかしたいという意見も寄せられた。
北小岩一丁目地区へ進入する車は千葉街道から市川橋を渡ってUターンしなければ入れない。千葉街道、JR総武線、江戸川に三方を囲まれた窪地の状況になっており、道路が狭く脆弱な都市基盤を抱えている。
街の中は4m弱の道路が9割を占め、2.2m〜2.6m幅の道路もある。JR総武線側の道路は高低差があり拡幅できない。千葉街道に続く道路は高低差が2.5mにもなる。建て詰まり、空地がない木造密集市街地である。
地区中央の駐車場は、土地区画整理事業の減歩緩和のため用地の先行買収を行った、地区内唯一の更地であった。
地区内は、耐震構造に問題がある1981年以前の建物が7割を占め、一刻も早い区画整理と新たなまちづくりへの強い要望、スーパー堤防の必要性に疑問を持つ住民の賛否が当初の段階から存在した。
区画整理実施後の計画図では、道路幅が5m以上となる道路配置計画を行っている。
堤防占有地の河川管理用道路跡地約4000m2は、都市計画緑地として公園整備が可能で、まちづくり後は、この緑の広場が防災拠点となる。
2011年の東日本大震災の際は、各地で帰宅困難者の問題が発生し、市川橋では人が集中して橋が渡れなくなり堤防の上に人が溢れるという状況が発生した。その意味でもこの緑の広場は橋詰の重要な高台避難空間になると考えている。
千葉街道に面した近隣商業地域は高層ビルの建築が可能、中央の部分は第一種住居地域で木造3階建て家屋等の建築が想定されるエリアである。
土地区画事業に際し、建て詰まり状況での道路拡張には、種地として各戸が土地を提供する減歩が必要であるが、一般宅地の方々から区画整理には賛成だが土地が減ることが心配との声を頂いた。又、土地区画整理事業とスーパー堤防との共同事業となると、事業協力者は2回の移転を実施するため、想定では3年半程の仮住まいが必要となる。この説明の中で、一つの選択肢として用地の先行買収を提案した。地区内は建て詰まっていたため更地がないので、建物補償をした上で買収するとの方針のもと、17.8億円で3,990m2の先行買収を行った。
その内、 江戸川区に換地した1,358m2の宅地は、必要な福祉施設を区予算で整備する「公設」に拘らず、民間の知恵と資金を活用して施設の充実を目指す「福祉施設の併設を計画する事業者への区有地売却制度」を活用し区所有とした。高齢化で膨らむ福祉予算への対処を目的に、関連条例案を2016年2月開会の区議会で成立させた全国的にも珍しい制度である。この制度導入の第1号として、公募プロポーザルを実施し事業者を選定した。
2009年以降の公共事業見直しに関連した、行政刷新会議の「事業仕分け」において「スーパー堤防事業は、現実的な天災害に備える視点に立ち入り、治水の優先順位を明確にしたうえで、事業としては一旦廃止」とする決定に対し、まちづくりニュースで「江戸川区は諦めずにこの事業を貫徹する」声明を配布した。
江戸川区は、2009年11月に「北小岩一丁目東部土地区画整理事業」を施行するための都市計画決定をした。2011年3月に、事業認可取得の手続きを行うための準備を開始した。
当時の新聞では「土建国家 財布仕分け」、「スーパー堤防は完成に400年」、「スーパー無駄と廃止」の見出しで事業仕分けの結果を報道した。「安全になっていない」「先行買収という具体的な準備までしている状況の中で事業を止める」厳しい現実と「諦めるものかという思い」の間で難しい状況であった。
2010年12月に、2011年度河川局関係予算概要の中で、高規格堤防は、「2012年度概算要求までに事業スキームの抜本的見直しを行い、2012年度予算に反映」とされた。同月、江戸川区の有志が事業継続を求める12万超の署名簿を国土交通大臣秘書官に手渡した。
翌2011年2月、江戸川区はスーパー堤防関連区画整理事業費10億2,600万円を新年度予算案に計上した。「江戸川区用地取得基金」で先行買収した用地を一般会計で買い戻し、翌年度区画整理事業の許可を取得する先行きの事業費平準化のための予算計上であった。
2011年3月の事業認可取得時点では、土地区画整理審議会設立、2016年工事終了、同年秋には生活開始という全体目標を立てていた。
この事業スケジュール中、地権者の理解を得て換地設計案を作成し仮換地指定までの手続きが区画整理を進める上で重要であった。仮換地指定の答申を得るまでに、地区の中で、選挙で選ばれた権利者が参加した審議会を12回開催した。また権利者との大切な意見交換の場である「まちづくり懇談会」を22回開催した。
2011年3月の東京都の事業認可は、区の事業計画決定告示で法的効果を持つが、事業計画決定告示は、東日本大震災後で、区長選挙の後5月であった。再選された区長は、当選時のインタビューで「スーパー堤防 貫徹する」と明言している。
表1に、「スーパー堤防完成への足跡」を示す。
2011年8月には、有識者らでつくる国土交通省の「高規格堤防の見直しに関する検討会」で、事業仕分けで廃止されたスーパー堤防について「規模を縮小して継続する」との見解を発表。スーパー堤防継続の方向性が示された。
2011年2月~12月の間の「高規格堤防の見直しに関する検討会」おいて、下記4項目が検討され、
①首都圏、近畿圏の堤防整備のあり方
②高規格堤防の整備区間
③コスト縮減策
④投資効率性の確認手法
2011年12月には、人命を守る事を最重要視する事が必要な区間として「人口が集中した区域で、堤防が決壊すると甚大な人的被害が発生する可能性が高い区間」に限定することで、「高規格堤防」が2012年度水管理・国土保全局関係予算決定となる。高規格堤防の整備区間は、従来の約873kmを約120kmに縮小することも決定された。同時に、平成24年度予算の具体的な扱いについて、「新規個所については着手しない」ことが決定された。
同時期の2011年11月に、住民により区を提訴する事態が起こった。住民は、スーパー堤防は「廃止」と事業仕分けされたのに、江戸川区がスーパー堤防との共同事業として事業推進しているのは違法として地権者4人が区に土地区画整理事業の取り消しを求める訴えを東京地裁に起した。この第1次訴訟は2015年11月、最高裁で江戸川区が勝訴した。
2013年5月30日、国土交通省と江戸川区は江戸川右岸の北小岩一丁目区域に国が実施する「スーパー堤防」と区が実施する「土地区画整理事業」について、国と区で基本協定を締結した。この時に関東地方整備局の局長は、事業仕分けによる廃止決定の時の治水課長であった。この認証締結を受け、区は地権者に仮換地指定を通知し移転補償契約を結び2013年中には全ての家屋に移転完了して頂き、2016年の完成を目指した。
2013年12月12日に、対象地区の地元住民が起した第1次訴訟の判決が東京地裁であり、地裁は「区画整理は不当な事業とは認められない」として、住民の請求を棄却した。
写真4.5は、事業着手前の密集市街地と2013(平成25)年12月16日現在の状態である。左側にある古いビルを区が買収、1、2階をこの事業の事務所として地域の方々がいつでも来られる相談場所として使用し、土地区画整理審議会もここで実施した。前年の12月に発生した火事で家を失った方々もここに避難して頂いた。12月中には全ての家屋が移転完了する予定であったが、いまだ16軒の家屋が残っている状態であった。
2013年12月末までに約8割の家屋移転が完了したが、翌2014年6月になっても事業に納得していない6軒の家屋が残っていたため、これ以上着工の遅れは許されないとの判断から、区は区画整理事業者の直接施行による移転実施の方針を明らかにした。7月にも土地区画整理法77条に基づき、区が直接建物を解体する直接施行の準備を進めた。担当者として、厳しい場面を想定しながら事業を進めていたが、区長の全くぶれない姿勢から改めて気が引き締められすでに移転いただいた方々のためにも事業を貫徹しなければならないと決意を新たにした。
執行に際し、執行本部長以下20〜30名の職員(東京都職員も立会い)で、初日はライフラインの撤去に、上下水道、ガス、電気関係業者も参加した。江戸川区では珍しいマスコミの囲み取材に応じた。工事初日から4日間は堤防天端からの抗議活動が行われたが、7日目に解体工事完了の確認が行われた。
2014年10月には、東京高等裁判所での二審も住民側の敗訴となった。その中で区は残った権利者と話し合いを続け、12月までに最後の1軒が立ち退きに応じ、8日に解体工事が始まった。2015年1月にスーパー堤防本体の建設工事が開始された。
計画提示から約8年の年月が経過し着工できた。事業進捗の中で様々なことがあったが、この地区の権利者の方々、国や都などの関係機関、区議会の支援の賜物である。
事業をここまでやり遂げられたのは、「この街を安全にし、将来に誇れるものにしたい」という志と、多田区長の強いリーダーシップに支えられた事と改めて感じている。
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