春です。新年度です。コンコムでもこれまでにない新しいコンセプトの企画を始めることにしました。題して「建設つれづれ窓」。著者はこの道45年、これまで設計・施工、国内・海外、ゼネコン・コンサルタント、大学教員といった幅広い経歴をお持ちの現役シビルエンジニアです。これらの経験を通して感じてこられたこと、後に続くエンジニアたちに伝えたいことを、「つれづれなるままに」綴っていただこうという趣旨です。これまでのコンコムの記事とはひと味違った、ライト感覚のエッセイを気軽にお読みください。第1回は、自己紹介を兼ねて、ご自身の人生哲学を語っていただきました。
2016/04/27
今年で68歳になる。今は小休止しているけれど、シビルエンジニアとしてまだまだ働きたいと思っている。趣味はない。「趣味は基本的に老人のものである」と言ったのは村上龍だ。その意味で、私は老人ではない(と、わざわざ断るのが老人か)。「青年」をthe young and the young at heartと訳すことにすれば、表題は私自身へのエールである。
私は62歳で会社を辞めた。定年延長でもう少し働く権利はあったが、会社はどうも私を必要としていないように思えた。どうせなら「私を最も必要としているところ」(松井秀喜がヤンキースを辞める時の言葉)で働きたい。幸運はどこに転がっているかわからない。60歳で役職を辞めたのち、当時「沸騰都市」と言われていたドバイに行ったが、そこでシリア人のレジデントエンジニア(RE)、日本で言うところの第三者技術者に出会った。私の理解では、REは発注者と請負者の間に立ち公正なジャッジをする役割である。彼は立派な反面教師であった。これなら俺の方がちゃんとできる・・・
ドバイの工事も終わる頃、ベトナムの高速道路のREの話が来た。延長3.1km、内橋梁が2.3km。渡りに船、である。発注者・請負者から独立して施工監理するという未体験の業務ではあったが、恐れることはない。工事は専門の橋梁工事だし、知らないことは昔の仲間に聞けばいい。土木工学は世界共通である。
施工は、ベトナムのローカルゼネコン。工事スタッフは全員35歳以下の若者である。大規模橋梁工事の経験はほとんどないが、基礎学力はあり(ベトナム人学生は実によく勉強している)、素直である。工事中数えきれないほどの問題に遭遇したが、こちらの言うことがリーズナブルだとわかればすぐ実行に移す。絶え間なくふりかかる課題に、考え得る最善の対策を提示し、最後は神頼みということも幾度かあった。それでも、3年半で無事竣工。この工事を通じて多くのベトナム人エンジニアが育ってくれたことが、私への最高の褒美であった。
この間、多くのゲストがわが現場を訪問してくれた。その中で、東京大学社会基盤学科の先生方が何度も学生を連れて来られた。竣工の半年ほど前、先生からこう言われた。「渡辺さんは実に楽しそうに働いておられる。その楽しさを学生に伝えていただけませんか。」大学院生相手に4単位、週2回英語で授業だという。さすがに躊躇したが、生来のおっちょこちょいの性格が、「面白そうやンか」とささやく。結局、引き受けることとした。
教科書も作り2年目の講義が始まったころ、ベトナムから突然依頼が来た。高速道路工事施工監理のプロジェクトマネージャーとして来てくれないか、というのである。前回の発注者側の担当者が昇進して、新しい工事の責任者になっていた。その彼からの依頼である。担当は3工区10.7km、工期は4年。この時も「より必要とされている」ところに行こうと、大学には無理を言って2年目の前期で辞めさせていただいた。
2015年8月赴任。有頂天であった。世界は俺を必要としている・・・が、好事魔多し。5か月で解任された。請われて行ったはずだが、私もしくは私流はここには必要ではなかったということである。現在浪人中。ありがたいことに今、別の国からオファーをいただいている。今度はどんな荒野が待っているのか、楽しみではある。
「仕事と楽しみを統一しうる人間は運命の寵児である」と言ったのは、かのチャーチルである。「運命の寵児」は、英語でfortune favoriteというらしい。そうか、私は運に気に入られていたのか。やってきたことはただ、目の前の仕事に一所懸命に取り組んできただけである。多分それが、私の運を呼ぶ方法だったのだろう。何よりも、この歳まで現役を楽しめる職業を選んだことが最大の幸運であった。
渡辺泰充:1948年生まれ。1971年清水建設(株)入社。2000年土木技術本部長。2010年同社退職。ベトナム・南北高速道路ホーチミン-ゾウザイ間レジデントエンジニア、2014年東京大学大学院社会基盤学専攻特別顧問、2015年ベトナム・ベンルック-ロンタイン高速道路JICA区間プロジェクトマネージャー。同年末退職。
おもな著作:「疑問に答えるコンクリート工事のノウハウ」(共著、近代図書)、「つれづれ窓」(東京図書出版会)、「サイゴンつれづれ窓」(「橋梁と基礎」連載)、「土木工学実践講座」(非売品、東京大学コンクリート研究室)
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