2016/07/28
その昔、松下幸之助は社員たちにこう言ったそうだ。「松下電器は何をつくるところかと尋ねられたら、松下電器は人をつくるところです。併せて電気器具もつくっております。こうお答えしなさい」・・・偉人の向こうを張った訳ではないが、私も技術雑誌にこんな寄稿をしたことがある。「建設産業は、いうまでもなく人材産業である。企業の興廃はひとえに人材にかかっている。人が育たない企業は早晩滅びる」。(『OJTの光と影』橋梁と基礎2004.8)。
最後の一文については、今、自身の不明を恥じるばかりである。人を育てなくても、したたかに生きている会社はある。20年間新入社員を採用しないで「業績好調」の会社は、身近に存在していた。人を育てなくても、必要なときに必要な人材を雇えばいいという経営方針である。部外者がとやかく言う筋合いではないが、私とは相容れない。
わが国の企業内教育は、OJT (On-the-Job Training、業務を通じての教育)、集合教育(Off-JT)、配置転換、資格取得等の自己啓発、さらには大部屋での雑談に支えられているように思う。その中心はOJTだ。しかし、On-the-Jobとはいえ仕事を与えておけばいいというものではない。指示し、教え、学ばせ、経験させ、しかる後に責任と権限を与える必要がある。
一流のエンジニアには、隠れている問題を発見し、解決策を示す力が求められる。そういった能力は、教えられて身につくものではない。責任と権限を与えて自ら考えさせる以外にない。さらに、その経験が成功体験となるよう、上司(trainer)たる者が後ろから見守ってやればいうことはない。なに、失敗したとしても、上司が責任を取ればいい。
私の育成目標は、業務処理能力に優れ、自分の役割を自分で開発し、マニュアルを超えることのできる人間である。ここでいう「処理能力」とは、単に与えられた仕事をこなすのみならず、人と人の関わり合いの中でうまくやってゆく能力を含む。昨今、後者だけで世の中を渡っている人もいるが、ベースに技術がないと世界では通じない。
「技術の伝承」、「技術の空洞化」という言葉を聞かなくなって久しい。団塊の世代の多くが定年になる、これによって技術が空洞化するといってマスコミが騒いだ「2007年問題」は、結局何ごともなく終わった。定年延長・再雇用で、問題を先送りしただけという声もある。マスコミが言わなくなれば人々の危機感も薄れるが、問題の本質は何も解決していない。
この問題に関しては、私の答えはハナから違う。――技術というのは伝承するものではない。「技能」は伝承しなければならないけれど、先達の「技術」はこれを超えるべきものである。では、先達の技術を超えるために伝承すべきものは何か。それは、「いいものを世に遺そう」という強い意志である。これさえ伝わっていれば、エンジニアは放っておいても勉強するだろうし、先輩の経験話にも耳を傾けるだろう。
OJTのtrainerたる人たちには、この「いいものを遺す」という意思が伝承されているかを自問してほしいものである。そのためには、自らが勉強を怠ってはならない。設計基準の最新改定内容を知っているか、構造力学や土質力学の基礎に落ちはないか、自分の技術分野の専門誌を隅まで読んでいるか。第一線技術者は、自分の技術をどうやって伝承しようなんて考えなくていいから、とにかく自分の技術力を向上させることに傾注してほしい。
林竹二(1906-1985 元宮城教育大学学長)の言葉に、「教師の第一の任務は教えることではなく、学び続けることである」というのがある(『教えることと学ぶこと』倫書房)。氏は哲学者である。が、日本の教育に大きな危機感を抱き、70歳を過ぎてなお全国の小中高で精力的に出張授業を続けられた。エンジニアは教師ではないけれど、trainerたるものこのくらいの気概はほしい。技術の空洞は、技術が伝承されないからではなく、自らのサボリ心から始まる。
私自身いい上司であったかどうか定かではないが、会社員であった頃はもちろん、一契約社員であったベトナムでもtrainerの心をなくしたことはない。ベトナムでの教え子(部下や施工者のエンジニア)達は、今でもメールで技術的な質問をしてくる。「そんなことは今の上司に聞け」と冷たくしてはみても、彼らに学ぶ心が残っていることを知るのは嬉しい。
今、日本のODAプロジェクトに「現地エンジニアの教育」という支払い項目はない。20年前、私が関わったマレーシアのBOTプロジェクトでは、契約にはっきりと自国のエンジニアの教育が謳われていた。民間の発注者においておや、である。わが国ODAが真にその国の発展を考えているのなら、今からでも遅くない。すべてのインフラ整備プロジェクトに、「エンジニア教育」の一項目を入れるべきだと、切に思う。
文章の最後に古典や名文句を引用するのは、「昭和」流らしい(『昭和のことば』文芸春秋2016年7月号)。バリバリの昭和人としては、本稿を「世界一貧乏な大統領」ムヒカ前ウルグアイ大統領の言葉で締めくくりたい―――「本当のリーダーとは、多くのことを成し遂げる人ではなく、自分をはるかに超えるような人を遺す人である」 (2015年10月 フジテレビのインタビューより)
渡辺泰充:1948年生まれ。1971年清水建設(株)入社。2000年土木技術本部長。2010年同社退職。ベトナム・南北高速道路ホーチミン-ゾウザイ間レジデントエンジニア、2014年東京大学大学院社会基盤学専攻特別顧問、2015年ベトナム・ベンルック-ロンタイン高速道路JICA区間プロジェクトマネージャー。同年末退職。
おもな著作:「疑問に答えるコンクリート工事のノウハウ」(共著、近代図書)、「つれづれ窓」(東京図書出版会)、「サイゴンつれづれ窓」(「橋梁と基礎」連載)、「土木工学実践講座」(非売品、東京大学コンクリート研究室)
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