2015/02/26
青山:「ここまで、江戸時代から始まった首都圏の防災の歴史と近年の災害についてご説明いただきました。ここからは、今の首都圏の現状や関東地方整備局が行っている防災事業についてお聞かせください。特に最近は、『ゼロメートル地帯』というキーワードもメディアで使われるようになりました。しかしこれは東京だけでなく、中部圏や近畿圏も同様かと思いますが、そういう氾濫危険区域に暮らしていることの危険性について、まだまだ多くの国民に理解されていないようにも思います。その辺の周知に関する考えなども聞かせていただければと思います」。
越智:「大正期に入りますと、荒川放水路周辺を含む東京臨海地域では、生産活動に不可欠な工業用水を地下から多量に汲み上げることによって、わが国の近代化を支える屈指の工業地帯へと変貌させていきました。しかしながら、この地下水開発は臨海低地一帯の地盤沈下を誘発し、いわゆる“ ゼロメートル地帯”(常時海水面以下の土地)が出現したわけです」。
「太平洋戦争末期になると、戦況の悪化や空襲等によって低地一帯の産業活動がほぼ中断状態となったことから、地下水の揚水量が急減し、地盤沈下は一旦沈静化しますが、戦後の産業活動再開にともなって、停止状態にあった低地の地盤沈下は再び活発化しました。沈下の原因には、地下水のほかに水溶性天然ガスの採取もあげられます。地下水中に含まれる天然ガスは都市ガスなどに広く利用できることから、その採取が盛んに行われた結果、過剰な採取が地盤沈下につながりました。そのため、地下水および水溶性天然ガス採取の規制が行われ、昭和50年代以降、荒川下流域一帯の地盤沈下は沈静状態となっています」。
越智:「平成22年(2010)年、中央防災会議の『大規模水害対策に関する専門調査会』が、報告書を出しました。この専門調査会は利根川・荒川の洪水氾濫や東京湾の高潮氾濫による大規模な水害が発生した場合の対応について検討し、報告書は「首都圏水没~被害軽減のために取るべき対策とは~」というサブタイトルがつけられています」。
「首都圏は、戦後の経済成長に伴い、政治、経済等の諸機能が極めて高度に集積するとともに、人口や建物が密集し、地下空間も大規模かつ複雑に利用されています。このような首都圏において、利根川や荒川等の堤防が決壊して氾濫が生じた場合、戦後のカスリーン台風時の被害をはるかに上回る甚大な人的、物的被害が発生するとともに、被災した地域の復旧・復興には多大の費用と時間を要することが想定されます。報告書では、利根川が氾濫した場合最悪のケースで530km2(東京都の約4分の1の面積に相当)が浸水し、浸水区域内人口は約230万人で死者数は約2,600人を想定しています」。
「さらに、首都圏における大規模水害時の被害の特徴と課題として、次の7点を指摘しています」。
①広大な地域が浸水する場合があること、②浸水深が深く避難しなかった場合に、死者の発生率が極めて高くなる地域があること、③地下空間を通じて浸水が拡大する可能性があること、④浸水地域では電力が停止する可能性が非常に高いこと、⑤浸水継続時間が長く、ライフライン被害の発生と併せて孤立者の生活環境の維持が極めて困難となる地域があること、⑥堤防決壊に至る前からの被害発生の予測が可能であること、⑦堤防決壊から浸水地域拡大までに時間があること、です。
青山:「ライフラインの中では、何が一番深刻なのですか」。
越智:「やはり地下鉄等の地下構造物です。これも試算になりますが、荒川の河口から20kmくらいの右岸で破堤すると、大規模に浸水します。地下鉄の入口とか、接続しているビルから洪水が入ると、なんと17路線、97駅、約150kmに渡ってトンネルが水没するということで、ものすごく大きな被害になります」。
青山:「どうすれば良いのですか。対策は?」
越智:「まずは、水を入れないということで、入口に例えば水密のシャッターやドアをつけたり、入口に段を付けて一度高くするとか、ビルも水密構造にしておくといった対策を講じる必要があるということです。この報告書が出た後、東京メトロはその対策をやっています。ライフラインとして私たちが活用している交通基盤が被災することに加えて、もうひとつ大きいことは、先ほどゼロメートル地帯の話をしましたが、そういう場所に洪水が氾濫すると、ビルの地下に水が到達します。何が問題かと言いますと、電源設備とか機械設備が地下に置いてありますので、これらが水に濡れると即座に使い物にならなくなる。そうすると都心部にはマンションや高層ビル、あるいはいろんなオフィスビルがありますので、そういう所の電気が使えなくなる。給水のためのポンプが動かせなくなって水が使えない。そうするとトイレもエレベーターも使えない。まさに幽霊ビルのようになって機能不全に陥るというようなことが起きてしまいます。こういった点からも、やはりゼロメートル地帯での対策をきちんとやっておかないといけないと思います」。
青山:「街づくりとしての防災対策も当然大切だと思いますが、国土交通省としては河川管理もしっかりやる必要がありますよね。その点については、どのような課題に取り組んでいますか」。
越智:「はい。そういう意味でいくつか策がありまして、まず利根川や江戸川の破堤氾濫から首都圏を守るということで『首都圏氾濫区域堤防強化対策』に取り組んでいます。熊谷市から吉川市まで、利根川と江戸川の右岸側が決壊すると首都圏に洪水が到達してしまうので、ここの堤防を強くするために、堤防の勾配を1対7にして堤防の断面を大きくすることによる強化を今進めています。およそ70kmの範囲にそういう堤防を作るよう取り組んでおります」。
「また、中川・綾瀬川の流域では、首都圏外郭放水路などの治水対策を進めてきています。中川・綾瀬川の流域の低平地低湿地部では、水はけが悪くなっています。平成の初期頃までは、数年に一回は、2~3万戸が浸水する水害が起きていました」。
青山:「埼玉は非常に多かったですよね」。
越智:「本当に平成の初めまで東京近郊の街の中が治水に対してそのような状況だったのか?と思うぐらいで、抜本的な治水対策が必要でした。その低平地の治水対策として、流域内に溜まってしまう水を河川を経由して東京湾に早く排水するということで放水路整備をやっています。綾瀬川放水路、三郷放水路、そして、春日部市では『首都圏外郭放水路』で、溜まっている低平地の水を江戸川に吐き出して排水するトンネル放水路をつくっています」。
青山:「外郭放水路の稼働率はどのくらいですか」。
越智:「非常に稼働率は高く、年間平均7~8回稼働しています。平成25年は12回稼働しました」。
青山:「関東地方整備局管内は、我が国の社会経済活動の中心地で、国土の面積比では約1割に過ぎませんが、人口と経済は4割が集中しており、GDPはイギリスやブラジル一国に相当します。しかし、首都直下地震が今後30年以内に発生する確率は70%と言われていますし、地球温暖化に伴う集中豪雨等のリスクもあります。このように関東地方は水害に対し大変脆弱な地域であり、治水対策の重要性の非常に高いエリアといえます。このような現状の中で、どのような取組をされているのでしょうか」。
越智:「利根川をはじめとする一級河川8水系、約1,500kmを管理しています。関東では、河川の想定氾濫区域内に人口の約35%が集中しています。また、東京湾周辺(横浜市~千葉市)のゼロメートル地帯には、約180万人が生活しています。降雨量が治水施設等の整備目標を上回る危険性にも対応しなければなりません」。
越智:「高規格堤防、いわゆるスーパー堤防については、平成22年の行政刷新会議の事業仕分けの指摘を受け、一旦白紙にしてゼロベースで検討を行いました。スーパー堤防は、施設の計画規模を上回る洪水に対しても越水はしても決壊はしない堤防であり、また、まちづくり事業と一体となって、地域住民の人命を守る安全で良好な住環境を形成するとともに、河川から離れた地域の安全度も高めるものです。このようなことから、スーパー堤防については、『人命を守る』ということを最重視し、そのための整備が必要な区間として『人口が集中した区域で、堤防が決壊すると甚大な人的被害が発生する可能性が高い区間』とすることにしました」。
「東日本大震災を踏まえれば、災害に対してはハード・ソフト両面の対応が必要であり、施設の整備水準を上回る外力に対しても、人命を守ることを第一に対応することが重要です。そのためには、地域と一緒になって避難計画を策定し、広域避難場所の確保も含めた避難体制を整備するとともに、安全な避難場所が十分ではない、あるいは密集狭隘(きょうあい)のため避難できない場合もあることから、海面より低い土地で人命を守るためには、水没しないスーパー堤防を整備していく必要があります。関東地方整備局管内では荒川、江戸川、多摩川の下流部で引き続きスーパー堤防の整備を進めていくことにしています」。
青山:「スーパー堤防の整備状況はどうですか?」。
越智:「整備済み、整備中あわせて14%程度の延長で実施しています。既に市街化が進んだ地域で事業を進めるので、住民のみなさまには一度仮移転をしていただいき、盛土をして、再度戻ってきていただくという方式が基本となります」。
青山:「今の時代、テンポがあんまりにも遅いと、辞めようという話に繋がりますからね。私は仮移転という方式が唯一絶対じゃなくて、移転したままでもいいですよという選択肢をもたせるとかね。方法は他にもあると思うんです。一箇所更地を作れば、そこを種地にして住居を建てるとか。例えばですけど」。
「移転を嫌がる人もいるかもしれないけど、スーパー堤防の整備にはスピード感がものすごく大事だと思うんですね。住民の方だって『何十年もかかるのか、それでは嫌だ』と。自分の住んでいた所に戻るのに20年も30年もかかるのだったらそんなの嫌だという感情になるんじゃないかな。できたら6年。子どもが生まれて小学校に行くまでが6年でしょ。中高も6年。6年が一区切りだと思いますね。その辺を意識して欲しいですね」。
「なぜ、こんなことを言うのかというと、日本全体が沈没してしまうんですよ。首都圏のここがやられたら。地震が来ても洪水が来ても何とか持ちこたえられるようにするには、今のところスーパー堤防以外考えられないんですよ。他の方策があれば良いのだけどね」。
越智:「スーパー堤防も整備すれば着実にストック効果を発揮していきます」。
青山:「避難場所にもなりますしね」。
越智:「だから全部が繋がらないと効果がでないのではなく、その部分だけでも効果を発揮しているんですね。それが累積していくと、どんどん首都圏は特にゼロメートル地帯は安全度が高くなっていく、ということに繋がっていきます」。
青山:「ぜひ越智局長が平成の家康になってください。あれこれやって欲しいという要望がいっぱいあると思うけど、選択と集中でまずゼロメートル地帯対策ですね」。
越智:「おっしゃる通りです。ねばり強く取り組んでいきますが、やっぱり短い時間でスピーディーにですね」。
青山:「ぜひお願いします。それともうひとつ、堤防整備が追いつかない段階では必ず避難問題が起こると思うんですよ。江戸川区はマイナス2メートルでしょ。それを知らない人がたくさんいるんですね」。
越智:「要はみなさんに知っていただくということですね」。
青山:「私の家も利根川沿いの低地なんですけど、標高がわからないんですよ。みんな自分の住んでいる所が海抜何メートルなのかということを知れば、自ら災害に対する心構えが出てくると思うんです。それからマンションの高層階に住んでいる人でも、一階に降りたら水浸しだという状態なんだということがわかると思いますから、そういう意味では標高をみんなに知らせると。高さ・海抜6メートルの高潮がきたら危ないなと。ぜひ一都三県、広域的にタイアップされてもいいと思うんですけど」。
越智:「東日本大震災時の津波の被災地では、標高をしっかり周知するために、地盤の高さを書いた看板をあちこちに導入しています。首都圏だけでも、自分の土地がどういう所にある、という情報を知っていただくことは、自助という意味でもとても重要なことだと思います」。
「さらに、山からくる洪水の話ばかりではなく、海からの高潮も心配しなければなりません。昭和25年のキティ台風以降、東京湾は高潮被害を受けていませんが、試算をすると、大きなダメージが出るということは、内閣府でも公表しています。海からの高潮・津波、山からの洪水、これに対してゼロメートル地帯がどういう備えしておくか。またそこに自分が住んでいるということを知っておいていただくことが大事ですね」。
青山:「それと、堤防が出来た後の追跡調査を、ぜひしてください。スーパー堤防ができてそこに住んでいる人の生活がどうなったとか、治水・安全に対してどんなイメージになりました、とかですね」。
越智:「私達の反省は、建設するときは熱心にPRするのですが、出来上がった後については、必ずしもPRをすることに熱心ではないことです。本当に大事なのは出来上がってから、ここはこんな効果がありましたとか、こういうことでこんな生活になりました、という社会資本のストック効果を説明していく必要があると感じています。社会資本は、建設後に真価を発揮するという本質を忘れてはなりませんし、そのことをしっかりと国民のみなさんに分かり易く伝えていく必要があります」。
越智:「近年、時間雨量50mmを超える雨が頻発するなど、雨の降り方が局地化・集中化・激甚化しています。同時に、大都市における地下空間の拡大等、都市構造の大きな変化やゼロメートル地帯の人口・産業の集積化等が進み、大都市を初めとする全国各地で、大規模水害が発生する可能性が高まっています」。
「過去の災害を見ても、昭和22年のカスリーン台風では、利根川、荒川の流域各地に大きな被害をもたらしました。特に、利根川の右岸、今の加須市で堤防が決壊し、その下流域で甚大な被害が発生しました。利根川堤防が決壊した後、2日後には春日部市付近、3日後には越谷市、吉川市付近にまで浸水区域が拡がりました。戦後、この地域は、当時と比べものにならないほど都市化が進展して、人口も増えています。現況の土地利用を前提にカスリーン台風と同規模の台風で、利根川が決壊した場合の試算を行った結果、浸水域内の人口は当時の約4倍の232万人にも上るという試算もされています」。
「このように、首都圏を貫流する利根川・江戸川や荒川はひとたび氾濫を起こすと、首都機能の停止に至り、日本全国あるいは世界経済にも影響を及ぼす可能性があります。これに対し、当整備局では、これまでにも堤防、放水路、排水機場、調節池や上流域で洪水を調節するためのダムなどの整備や管理をしてきており、効果が発揮されています。実際に、平成26年10月の台風18号では、鶴見川流域で戦後二番目の雨量を記録しましたが、鶴見川多目的遊水地など、これまで講じてきた対策が奏功し、約12,000戸の浸水被害が生じた昭和41年の台風4号より雨量が多かったものの、今回の浸水戸数は6戸にとどまっています」。
「現在も、利根川・江戸川の右岸堤防の安全性を確保するための『首都圏氾濫堤防強化対策』や、利根川上流域の吾妻川で『八ツ場ダム』の整備などを進めているところです。また、高度成長期以降に集中的に整備されたインフラの老朽化対策等、我が国が直面する課題に緊急に取り組むため、国民の安全・安心の確保について重点的に実施していかなければなりません。さらに、ゼロメートル地帯の浸水被害が発生した際の被害の最小化を図るために、スーパー堤防、高潮堤防整備や水門施設などの耐震化といったハード対策や、台風の来襲に備え、関係機関が実施すべきことを予め時間軸に沿ってプログラム化したタイムラインなどのソフト対策について関係機関と調整を行う等、危機管理の対応を推進しているところです」。
青山:「本日は、大変忙しい中、大変貴重な話を聞かせていただきありがとうございました。ぜひ平成の家康になってください」。
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