土工事
土工事
5)排水
2025/03/03
山間部の沢を横過するような道路を建設する際に、沢埋め盛土が設けられることがある。沢埋め盛土は、地形から周囲の表流水が集中しやすく、その結果として盛土中水位が高くなって崩壊に至ることがある。このような沢埋め盛土では、基礎地盤が傾斜しているため、崩壊した土砂が遠くまで移動し、平坦な地形に比べて崩壊が大規模になる場合もある。
令和6年能登半島地震においても、のと里山海道を中心に多くの沢埋め盛土に被害が発生した。地震による沢埋め盛土の被害は、地震の揺れによる慣性力よりも、土中の水位が高い盛土が揺れによって強度低下し、自重によって流動する影響が大きいとも言われており、盛土における排水の重要性と傾斜地盤上の沢埋め盛土の被害が大きくなることを示唆している。
盛土が横断する沢に土石流などが発生した場合は、土石流の直接の作用を受けて盛土が押し流されることもあるし、土砂や流木などによって横断排水カルバートが閉塞し、上流側に滞留した水によって盛土が押し流される、あるいは土中水位が高くなって盛土が崩壊するといった被害も発生することがある。
このような特徴から、沢埋め盛土は要注意地形の一つとして考えられている。1)
次に報告する事例は、山間部の道路のある区間に四つの連続する盛土で発生した複雑な災害の事例である。
現場では、山間部に建設された道路に四つの沢埋め盛土が、100~200mの距離を置いて設置されている(図1)。盛土は四本の独立した沢を横断するもので沢の規模はほぼ同じだった。道路は緩やかな一定の勾配があり、盛土①が最も高く、以下、盛土②、盛土③、盛土④と少しずつ標高が下がっていく。それぞれの盛土が横過する沢を沢①、沢②、沢③、沢④とする。それぞれの沢は横断排水カルバートにより盛土底部を通過している。道路の縦断勾配は、沢①から沢③まではおよそ4%程度、沢③から沢④はおよそ6%程度であった。
この地域を襲った記録的豪雨により、盛土が被害を受け、路線が壊滅的な被害を受けた。豪雨は、最寄りの観測点で48時間雨量としてはおよそ100年に一度レベルのものであった。盛土の被災状況を図2に示す。
最も標高が高い沢①では土石流が発生し、流下した土砂が横断排水カルバートを閉塞させ、道路上に堆積していた。しかし盛土①に被害はなかった。沢②では、発生した土石流によって横断排水カルバートが閉塞し、道路上に土砂が堆積していた。
盛土②では沢横過部よりやや標高の下ったところで、盛土の下流側ののり面に比較的軽微な浸食崩壊が発生していた。
沢③は、発生した土石流がやや小規模であったと推定されるが、横断排水カルバートは閉塞しており、道路上に土砂が堆積していたことに加え、盛土の浸食の程度も盛土①および盛土②に比べて大きくなっていた。
もっとも標高が低い盛土④は甚大な被害を受けた。盛土の沢下流側が大きくえぐり取られるように流出しており、復旧には多大な時間を要すると考えられた。しかし、詳細な現地調査を行うと、盛土は下流側が大きくえぐられていたが、上流側は残っており、横断排水カルバートの下流側は盛土とともに流出したものの、残存した上流側カルバートは閉塞した痕跡がなかった。
また、盛土上流の沢④の被災後の調査でも、発生した土石流は非常に小規模なものであったことがわかった。沢および盛土の被災状況を整理すると表1のようになる。
このような沢埋め盛土で沢に土石流が発生した場合、大きな被害を受ける盛土は、発生する土石流の規模や横断排水の閉塞状況と相関がある場合が多い。しかしこのケースでは、最も大きな被害を受けた盛土④では沢で発生した土石流は小規模で、横断排水カルバートの閉塞も起こっていなかった。逆に沢での土石流が大規模で横断排水カルバートの閉塞が発生している盛土①と②の盛土被害は軽微であった。
災害発生後、対策の実施と並行して、より詳細な調査が行われた。特に、盛土の被害の主たる要因となった水の流れを明らかにするため、水を含んだ土砂が路面上を流下する挙動を不等流解析などの手法を用いて分析した。
これらの詳細調査の結果、想定されたシナリオは次のようなものである。
第一段階(図3):
それぞれの沢で土石流が発生した。それぞれの規模は当初の調査結果の通り、異なる規模のものであった。沢①および沢②では横断排水カルバートの閉塞が発生したが、沢④では閉塞は発生しなかった。沢③でのこの段階での閉塞が発生したかどうかは判断できないが、閉塞していなかった可能性も考えられる。
第二段階(図4):
横断排水カルバートが閉塞した沢①および②では流下してきた土砂は盛土上流側のポケットを埋め、道路上に堆積した。この時、土砂を含んだ水は、一部が道路を越えて沢の下流側に至り、盛土の表面を侵食した。しかし、この区間では、道路の横断勾配が約3~4%であったのに対して、縦断勾配が4%程度となっていたため、大部分の水は道路の縦断勾配に従って沢②、③、④の方向へと道路上を流下していった。沢②でも同様の現象が発生し、この時、二つの沢の水を集めた流れは、盛土の沢下流側のり面へ溢水し、盛土②の浸食被害を発生させた。しかし大部分の水はさらに盛土③方向へと流下する。
第三段階(図5):
沢①と沢②の土砂が盛土③へ到達する。この段階で沢③で発生した土石流は中規模で、カルバート閉塞は発生していなかったが、上流から流れてきた土砂は沢③の上流部へ流入し、横断排水カルバートを閉塞させる。こうして、沢①および沢②からの水に、沢③の水も加わって、盛土④方向への流れが形成された。当初、盛土③上を通過する道路上の流れは、カルバートの閉塞によって新たに横からの流れの影響を受け、この時盛土③に崩壊被害を発生させた。
第四段階(図6):
沢①~③の水が盛土④へ到達し、盛土④に大崩壊を発生させた。水は道路の線形の影響で道路上から沢の下流側の盛土を削りながら流下しており、盛土の沢上流側は崩壊せず残存することとなった。この時沢④での土石流は小規模であり、横断排水カルバートは閉塞していなかったため、横断カルバートが閉塞していないにもかかわらず、盛土が沢に押し流されるという奇異な形態の被災が発生した。
一般に、道路の横断排水施設の設計にあたっては、道路土工要綱2)では、構造上重要性の高い沢部の盛土等の道路横断排水施設については、降雨確率年として30年程度とするのが良いとされている。しかしながら、今回の事例では、そもそもの豪雨が記録的なものであり、当初の計画段階で想定し、作用として設計で考慮して対策を講じることは困難である。事後の詳細調査でも、研究目的のためにかなり特殊な解析を行っており、事前の設計手法として採用することは現実的ではない。その点では、今回の被災を「失敗」と位置付けることはできないかもしれない。しかし、今回の被災を経験とし、将来に起こりうる災害への備えを強化することは可能である。そのような観点からの留意点を以下に記す。
① 二次元的な勾配の不均衡による滞留集中ポイント
道路盛土の安定検討や排水設計は一般に断面ごとに行われるが、この事例のように複数の断面が相互干渉して災害につながる場合もある。山間部などでは、道路の縦断勾配が、排水のための横断勾配よりも大きくなることも少なくない。平面線形が複雑な箇所では、横断勾配と縦断勾配が組み合わさった平面的な勾配が複雑になり、路面上での雨水の滞留や集中が発生する場合もある。図7はその一つの例である。図の左から右へ緩やかな縦断勾配があり、S字の平面線形で、道路の横断勾配が途中で切り替わるような場合、図中の赤で囲んだ場所は、前後に比べて勾配が緩くなり、水が集中滞留しやすくなる。
このような場所で、短時間に強い雨が降った場合、滞留集中箇所に大量の水がたまり、水が路肩から溢水し、隣接するのり面の表面浸食を引き起こしたり、盛土中水位を高めて、盛土の不安定化を引き起こしたりする事例も少なからず報告されている。
設計の段階でこうした山間部の曲線区間で、道路の横断勾配が切り替わる箇所では、各断面での勾配だけでなく、二次元的な勾配も意識することが重要である。またこうした箇所は、通常の降雨時にも小規模な滞留や集中が発生しているので、日常的なパトロールにおいて、路面の局所的な水の分布、強い雨の後のごみの滞留、縁石やアスカーブの溢水の痕跡などに留意し、維持管理として対応することが望ましい。
② 不測の外力等への対応(フェールセーフ)
沢を横断する盛土における対策の基本は、沢の水を速やかに流下させ、盛土中の水位を低くすることである。上述の通り、道路土工指針では、沢を横断するような盛土の横断排水の設計にあたっては30年確率程度の降雨を想定して設計することとされている。しかし、近年の短時間豪雨の増加、林業の担い手不足による沿道の山地の荒廃による土石流発生頻度の増加、上述のような連続する沢埋め盛土の相互干渉といった想定外の事態の発生も決して少なくはない。
令和6年12月に行われた社会資本整備審議会道路技術小委員会では、令和6年度に予定されている道路土工構造物技術基準の改訂の基本方針として、設計で具体的に考慮できないような不測の外力等への対応に関する配慮が盛り込まれることとなった。
例えば平成28年台風10号による豪雨に際して、北海道の国道274号日勝峠付近で発生した盛土被害、平成30年7月豪雨(いわゆる西日本豪雨)に際して、広島呉道路で発生した盛土の崩壊などでは、いずれも横断排水施設の閉塞による山側への帯水が被災原因の一つと考えられている。これらの箇所では、豪雨により土石流が発生した場合に横断排水施設が閉塞しないよう、通常の排水施設の吞口が閉塞した場合に備えた予備の吞口を設置する、あるいは予備の排水施設を設置するといった方法で復旧が行われている。
こうした横断排水施設の吞口閉塞対策については、土木研究所資料4405号「道路横断排水カルバート流入口の閉塞軽減施設事例集」4)などが参考となる。
上述の道路土工構造物技術基準の改訂においては、設計にあたって限界状態の設定というフェイズを踏んで行うことが規定される方針が示された。土工構造物は多種多様であり、また複数の土工構造物が組み合わされて機能を発揮する場合が多い。そのことから、それぞれの土工構造物、場合によっては複数の土工構造物が、どのような状態になることで、要求性能を達成するのかを明らかにすることが重要であると考えられるからである。被災事例は、この限界状態の想定につながるものである。今回の事例はかなり特殊なものではあるが、複雑な条件の現場における限界状態の想定の一助となることを期待する。
1) 日本道路協会:道路土工 盛土工指針(平成22年4月)
2) 日本道路協会:道路土工要綱(平成21年7月)
3) 国土交通省:第24回社会資本整備審議会道路技術小委員会資料2-2「道路土工構造物技術基準」の改定(案)
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001854515.pdf
4) 土木研究所:土木研究所資料4405号「道路横断排水カルバート流入口の閉塞軽減施設事例集」(令和2年12月)
編集委員会では、現場で起こりうる失敗をわかりやすく体系的に理解できるよう事例の形で解説しています。みなさんの経験やご意見をお聞かせください。
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